アラグチ外務大臣とは何者か
前述のように4月にアメリカとイランの協議が始まった。アメリカの交渉団を率いるのは、トランプ大統領の信任の厚いウィトコフ特使である。これに対するイラン交渉団の団長は、セイエッド・アッバース・アラグチ外務大臣だ。このアラグチとは、どういう人物なのだろうか。
アラグチは、1962年に首都テヘランに生を受けている。名家の出身で、祖父はバザールの有力な絨毯商だった。
名前の前についているセイエッドという言葉に注目していただきたい。これは敬称で、イスラムの預言者ムハンマドの血筋を意味している。
伝統的にイランの有力な商人たちは宗教界の指導者と婚姻関係を結ぶ例が多い。そして宗教指導者でムハンマドの血筋を主張する者は黒いターバンを巻く。現在の最高指導者ハメネイ師のように、である。その前の最高指導者ホメイニ師のターバンの色も黒だった。
そのホメイニ師の指導の下で、1979年にイラン国民は王制を倒した。これがイラン革命だ。そして、その翌年1980年に隣国イラクの独裁者サダム・フセインがイランに対する侵略戦争を開始した。その後、八年に及ぶイラン・イラク戦争の始まりだった。このあたりの展開は、何度も本書で言及した。アラグチは、1962年生まれなので、革命時は十七歳だった。そして、この革命とイランを守るために革命防衛隊員としてイラク軍と戦った。
トランプ政権の核合意からの離脱
その後、大学で国際関係論を学び、イギリスのケント大学で博士号を得ている。外交官としてのキャリアを歩み、2008年から11年にかけては、駐日イラン大使を務めた。
日本では「新久地(アラグチ)」という漢字の名刺を持ち歩いていた。東京での経験をイランで回顧録として出版している。そして2024年、これが邦訳されて『イランと日本』として論創社から出版された。
イランに戻ってからは外務次官としてアメリカのオバマ政権との核交渉を担当した。イランの交渉団長はモハンマド・ザリーフ外相だった。
アラグチは事務方のトップだった。オバマ政権との交渉が2015年にイラン核合意として結実した。アラグチ以下の実務レベルの担当者に感謝の言葉を添えて、ザリーフ外相はこの文書に署名している。
ところが2018年、オバマの次の大統領トランプが、この核合意から一方的に離脱し、イランに対する経済制裁を再開した。イランは、合意の枠を超えるウラン濃縮を開始して、これに応じた。その結果、現在では核兵器の製造に必要な量と濃縮度のウランの保有に限りなく近づいている。

