第2章:車はAIのための“媒体”ではない

物理世界のOSを誰が握るのか

テスラの車両が「データ収集装置」であるという説明は、技術的には正しい。しかし、それだけでは本質に届かない。問題はデータの量ではなく、そのデータが何を制御するのかである。ここで視点を一段引き上げる必要がある。

生成AIは、言語や知識の世界を制御する「言語OS」に近い存在である。検索、文章生成、コード補助、意思決定支援。これらはデジタル空間における知的活動の基盤を形成する。だが、テスラが進めているのはそれとは異なる領域である。FSD(Full Self-Driving)やオプティマスが扱うのは、言語ではなく運動であり、空間認知であり、物理的な判断である。これは「物理運動・空間認知のOS」と呼ぶべき領域だ。

ここで重要なのは、「OS」という言葉の意味である。OSとは単なるソフトウェアではない。ハードウェアとアプリケーションのあいだに位置し、全体の振る舞いを規定する基盤である。WindowsがPCの世界を、iOSがスマートフォンの世界を支配したのは、単に製品が売れたからではない。ハードウェア、開発者、生態系、ユーザー体験を統合する基盤を握ったからである。

ロボットは単なる機械ではない

同じ構図が、いま物理世界で起きようとしている。

テスラの車両はセンサー群とAIチップを備え、リアルタイムで環境を認識し、判断し、制御する。そのデータはDojo(AI学習用の独自スーパーコンピューター)で学習され、OTA(オーバー・ジ・エア、インターネット経由で自動車のソフトウェアを更新する技術)によって即時に更新される。この循環は単なる製品改良の仕組みではない。物理世界の振る舞いを規定する基盤を構築するプロセスである。

ここで初めて、「車両=データ収集装置」という表現の限界が見える。正確には、車両は物理世界のOSを展開するための端末である。走行データは単なる記録ではなく、物理運動のアルゴリズムを進化させる材料である。そしてそのアルゴリズムが都市全体に展開されれば、道路の流れ、事故率、保険モデル、交通インフラ設計にまで影響を与える。

オプティマスも同様である。ロボットは単なる機械ではない。物理空間における作業手順、動線設計、労働配置を再定義する存在である。もしロボットの動作OSを握れば、工場や物流現場の標準が変わる。これは個別企業の効率化ではなく、産業構造の基盤を握る行為に近い。

上海のテスラの工場
写真=iStock.com/Sky_Blue
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