国境産業としての漁業の重要性

鹿児島には尖閣諸島周辺で操業する一本釣り漁業者がいて、ハマダイやアオダイのような美味しい高級魚を漁獲してきましたが、彼らの操業も中国漁船に脅かされています。

同様に沖縄県の一本釣り船やマグロ延縄漁船も、尖閣周辺海域での操業を諦めざるを得ない状況に追い込まれています。こうした資源争奪戦において、政府はもっと積極的に関与する必要があります。

日本海や東シナ海、北方領土もそうですが、国境に近い海域で海外漁船と競争しながら操業する日本の漁船は軒並み苦境にあります。

特に中国は資源管理に協調しないだけでなく、操業現場で威圧的な行動に出るなど、軍事力を背景に年々圧力を高めています。日本は自国水域における自国民の安全な操業を保障できず、実質的に主権行使できていない状況が続いているのです。

領有が有名無実化した尖閣諸島

日本政府は1895年1月に、国際法に基づいて尖閣諸島を領土に編入しています。

それ以前から周辺海域ではカツオ漁が盛んで、正式に領土となって以降は漁民が入植、アホウドリの羽毛やグアノ(肥料として使われる、堆積した海鳥等の糞)を採取し、カツオを獲って鰹節工場を経営していました。

多いときには日本人漁民を中心に250名近く居住し、住民登録までしていたのです。こうした漁業者の存在と鰹節工場の操業実態があるうちは、尖閣諸島は完全に日本領土として世界から認知されていました。

尖閣湾
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第二次大戦中には燃料が運べなくなって島内事業が途絶え、再び無人島となったものの、1951年のサンフランシスコ平和条約では、尖閣諸島は日本領土として扱われ、南西諸島の一部としてアメリカの施政下に置かれました。

1971年に日米間で交わされた「沖縄返還協定」にも尖閣諸島が含まれ、沖縄とともに日本に返還されています。

しかし、日本政府はその後も尖閣諸島の漁業を再開させようとせず、漁港整備もしないまま無人島として放置、領有が有名無実化しました。