年齢を重ねるごとに「若返る人」と「老いていく人」

もちろん田中さんの挑戦は素晴らしいことだが、「この年齢でとか書いてるけど、田中さんって、そんなに歳いってたっけ?」と調べてみると、49歳(当時)だった。

あなたは49歳と聞いて、どう思うだろうか? 私の周りには、その前後の歳で起業しようと考えているような人はざらにいるし、「これから第2の人生に挑戦だ」と燃えている人だってたくさんいる。

オフィスでPCを使っている日本人ビジネスウーマン
写真=iStock.com/skynesher
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こうした両者の認識の差が、年齢を重ねるごとに「若返る人」と「老いていく人」を隔てるのだなと思ったものである。

「もう歳だから」とか「自分なんか……」と、自らの可能性に蓋をする言葉を発してしまう人は実に多い。

ずいぶん前の話になるが、シャープの副社長をされていた佐々木正氏と食事をご一緒したことがある。

ソフトバンクの創業者・孫正義氏が学生時代、自らが開発した「音声機能付き電子翻訳機」を売り込みに行った相手。

他社が相手にしなかった若き学生のアイデアに資金を出したことでも有名な方で、この資金供給と経験がなければ、のちのソフトバンク創業はなかったとされている。

その佐々木氏、当時すでに96歳だったが、非常に好奇心旺盛な方で、「江崎くんからハガキを貰った」とノーベル賞受賞者の江崎玲於奈氏から送られたハガキを見せてくださったり、先週アメリカから帰ってきたばかりなのに翌週にはロンドンに行くんだとワクワクされていた。

高齢でも精力的に動ける「渋沢栄一の言葉」

ところで当時、私は「100歳研究」と名付けて、人生100年時代を見据え、100歳まで心身ともに健康で、かつ経済的にも自立した幸せな状態を維持するための方法を探る、独自の探求をしていた。

その過程で渋沢栄一が言ったという、

「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」

という言葉を知ったのだが、佐々木氏の姿を見て、まさにこういうこと、と思ったもの。

これも言葉で世界を規定しているわけであるが、これが「六十、七十で枯れ落ち葉」とかだったら、その時点で散ってしまっていることになる。

花は蕾だからこそ咲こうとするわけだし、70・80歳で働き盛りだと思っていれば、精力的に動くことができる。高齢になってから活躍している人は他にもたくさんいる。

こうした違いがどこから生まれてくるのかといえば、自分自身について、そして年齢に対してどのような言葉で定義してきたか、によるのではないか。

ただ、言葉を書き換えたり、定義し直すといっても、言葉そのものを持っていなければ書き換えも定義のし直しもできない。そのためには何をすればいいのだろうか?