年齢を重ねるごとに、若返る人と老いていく人は何が違うか。経営者の規格外さんは「当時96歳だったシャープの元副社長の佐々木正氏とかつて食事をご一緒すると、先週アメリカから帰ってきたばかりなのに翌週にはロンドンに行くんだとワクワクされていた。その姿を見て渋沢栄一の『四十、五十は洟垂れ小僧』の言葉を思い出した」という――。

※本稿は、規格外『すべては言葉からはじまる』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

日本のパスポートと紙幣
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40歳手前で「人生の3分の2は終わり」なのか

昔話から始めたい。かつて私はそれなりに有名な中高一貫の進学校に通っていた。

同級生の結婚式に参加したときのことである。当時私たちは40歳になる少し手前で、社会人として脂の乗っている時期だった。

参加した同級生はキャリア官僚であったり、日本を代表する企業に勤めていたり、外資系コンサルティング会社のコンサルタントとして活躍していたり、それなりに順風満帆な人生を歩んでいた。

そのうちの一人が二次会の最中に、何気なくこんなことを言った。

「俺らの人生も3分の2が終わったな」

社会人の初期に挫折を味わい、転職した先の倒産を経て立ち上げた事業を運営していた私にとっては、人生の3分の2どころか、ようやく始まったばかりくらいの感覚だったのだけれども。

私は、「彼は何を言っているのだろう」と思いながらその続きを聞いていた。

東京大学を出て、財閥系の大手メーカーに勤めていた彼が言うには、「順調にいけば50歳前後で役員になれるが、役員になれなければそのあたりが人生のピークであり、そのあとは消化試合が待っている。23歳で社会人になったときから計算してみると、今は人生の3分の2が終わったくらいになる」というような話だった。

私が否定しようと身を乗り出した瞬間、周りの友人たちがみんな「言われてみればそうだよな」と同調した。

議論しても仕方のない話なので、その場は何となく「そういう考え方もあるよね」という曖昧な感じで終わらせた。