手帳がもたらした手ごたえ
名前は、わかりやすく「左ききの手帳」。ここから、オリジナルブランド「HIDARI」が誕生した。
製作期間中に手帳のクラウドファンディングを立ち上げると、応援購入額は約107万円に上った。達成率214%となり、2人は確かな手ごたえを感じた。
「左利きの手帳」を初めて販売したクラウドファンディングページ
12月に商品が完成。購入者から届いた声を、礼さんは嬉しそうに語る。
「『この手帳以外使えないです』『こんなに快適だと思わなかった』って言ってくれる方が何人もいらっしゃって。手帳って、続けようとしても途中で挫折しちゃう人もいると思うんですけど、『初めて続いた』っていう声もありました。(隣の信吾さんを見て、)本当にありがたいよね」
手帳作りに奔走していた頃、加藤夫妻はもう1つ大きな決断をした。岐阜への移住だ。
この頃はオリジナル手帳に加え、メーカーから買い付けた商品の在庫が増え、住まいが手狭になり始めていた、礼さんが梱包、配送を担当していたが、「そろそろ手狭かも?」と感じていたという。
幸い、仕事はオンラインで完結できる。娘2人のためにも、より広い住居に引っ越したい。そう考えた2人は、岐阜県各務原市への移住を決めた。2019年12月のことだった。
この移住から、加藤夫妻のニッチビジネスはさらに広がっていく。
コロナ禍に開催したポップアップ
「左ききの道具店」は、2018年からオンラインショップを主要な販路として運営してきたが、2023年8月13日の「左利きの日」、岐阜県各務原市にリアル店舗「ときどきストア」もオープンした。
営業は当初月に1回、現在は月に4〜5回。ストア名の通り、不定期営業である。このリアル店舗の開設は、スムーズに決まったわけではなかった。
最初に信吾さんが礼さんに「リアルでお店、やってみようか?」と提案したのだが、インドア派で接客に苦手意識のあった礼さんは即答で反対した。夫婦の意見は二つに割れたが、信吾さんはオンラインとリアルの両立させる必要性を感じていた。
それまで、渋谷TSUTAYAやLOFTなどで不定期にポップアップを行ってきた。当時はコロナ禍の真っ只中で遠方への移動が難しく、商品は現地のスタッフに販売を委託する形態をとっていた。この時は「都会で認知してもらえたら」という思いが強く、さほど売り上げを意識していたわけではなかったという。

