妻・礼さんが接客に入ると状況が一変

2022年の夏、状況は一変した。あべのハルカス近鉄本店(大阪)のポップアップで、礼さんが初めて接客に入ると、左利き同士の会話が自然と弾み、購買率がぐんと伸びた。自らの体験を交えた説明は説得力があり、客たちは「それなら一度使ってみよう」と商品を購入していった。

この状況を見て、信吾さんは、こう思ったという。

「オンラインショップだけじゃなくて、リアルの店舗を設けて、左利き同志が集まるコミュニケーションの場が必要なんじゃないかって思ったんです」

礼さん自身も、「こういうのを待っていた」「いつも応援している」といった顧客の熱量を肌で感じ、新しい商品開発やアイデアのヒントが浮かんだという。

幸い、2022年頃に引っ越した事務所は、80平米ほどの広さと間取りがあった。在庫をすべて収めても十分な事務スペースが残っていた。信吾さんは礼さんを説得。「まあ、ときどきならいいよ」という承諾を得て、事務所の半分を改装。リアル店舗「ときどきストア」を構えるに至った。

取材の中で、礼さんが接客する姿を近くで見たが、とても苦手とは思えないほど柔らかな物腰が印象的だった。商品を紹介する同店のYouTubeチャンネルでは、礼さんが商品の一つ一つを丁寧に紹介する姿を見ることができる。

道具店の相乗効果

「左ききの道具店」の売り上げは、右肩上がりに伸びている。特に、礼さんが手掛けるオリジナルブランド「HIDARI」の商品はリピーターも多く、店の主力商品に成長した。

この左利き事業の成長は、信吾さんのコピーライター業にも相乗効果をもたらした。自らブランドを立ち上げ、商品開発や配送、SNS運用まで担ってきた経験を語れるコピーライターは稀だ。その点が評価され、ブランディングや立ち上げ支援の仕事が増えていった。「家族4人が十分暮らしていけるほどになりました」と礼さんは言う。

商品開発にも余念がない。刃物の町として知られる岐阜県関市に本社を構える刃物メーカー「サンクラフト」を訪れ、左利き用のハサミの開発を依頼するなど、積極的に左利き向けの商品づくりを進めてきた。そこで生まれたのが「分解して洗える左手用キッチンバサミ」である。

岐阜県関市市に本社を構える刃物メーカー「サンクラフト」と共同開発した「分解して洗える左手用キッチンバサミ」
筆者撮影
岐阜県関市市に本社を構える刃物メーカー「サンクラフト」と共同開発した「分解して洗える左手用キッチンバサミ」

その他にも、オリジナルブランドの定規やメジャーも発売。左右両方の目盛りを印字するなど、使い勝手に工夫を凝らしている。

「左利きの人だけの商品にこだわらないことが、店のセレクトポリシーなんです。別に左右両用で使えて、なおかつ素敵な道具ならそっちの方がいいじゃないって思っているんです」

左右両方とも使える定規
筆者撮影
左右両方とも使える定規