子育てが「つらいもの」「苦役」のように語られるのはなぜなのか。東京大学名誉教授の養老孟司さんと思想家の内田樹さんは「子育てで親の影響が及ぶのはせいぜい2割。ところが、現代の親たちは子どもを工業製品のように扱っている」と指摘する。2人の対談を、書籍『日本人が立ち返る場所』(KADOKAWA)よりお届けする――。
幼稚園の庭で遊ぶ園児
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子育てを当たり前のように「外注」する親

【養老】子どもの問題なんですけどね、僕が一番腹が立ったのは、新聞が「待機児童ゼロ」とか書くでしょ。問題は、保育園に入れるということではなくて、いったい誰がどういうふうに保育園で子どもの面倒を見てるかなんですよ。そこのところを完全に忘れて、待機児童がなければいいみたいになっている。あれはもう本当に大人の勝手だなと。

だいたい学校や保育園に子どもを預けている感覚がない。預けているんじゃなくて、あいつらが育てて当然みたいに思っている。おかしいんだよね。子育てを“アウトソーシング”している感覚なんじゃないかと。どこまで子どものことを考えて言っているのかなと。

今、学校の先生が辞める最大の理由が親のクレームでしょ。何それ? って感じだけど。

【内田】カスタマー・ハラスメントにしても保護者からのクレームにしても、昔だったら口を開く前に、一度足を止めて「これをすることで結果的に自分に利益がもたらされるかどうか」を計算すれば、「言わないほうがいい」という判断をすることのほうが多いはずなんです。

でも、それよりいきなり相手に屈辱感を与えて、一時的な爽快感を手に入れることを優先する。そのせいで社会システムがあちこちで崩れ始めている。その被害を受けるのは自分たちですから、まことに愚かなことです。

保育園と親のあるべき関係性

【養老】常道というのは、社会が醸成するものですからね。

【内田】言葉の厳密な意味で「利己的に」ふるまうべきだと思うんです。長期的なスパンで、安定的に自己利益を確保できるかどうかに配慮したら、その場で自分の一時の感情に流されるより、抑制したほうがはるかに利益が多い。感情を剥き出しにすることは太古的な共同体では禁忌でした。抑制するというのは別に近代的なマナーであるわけではなく、人間が共同的に生きてゆくために必須の人類学的ルールなんですけどね。

【養老】僕、保育園の理事長を30年やらされたんですよ。最初にやらされた時に理想的な保育園というのはどういうものだろうと考えて、それにできれば近づけたいと思ったんですけど、それでハッと気がついた。仮に理想的な保育園ができたとすると、親の役目ってなんだろうと。これは考えてもダメだと。親と保育園というのは絶えず緊張関係にないといけない。

それを今の親は預けて、預かってくれればいいみたいに思ってるんですから。少子化って当たり前ですよね。基本的にありがたくもなんともないんだから。