高度成長期から現在まで、日本人の暮らしの物語を紡いできた脚本家が、いま、被災地の僧侶と語り合った言葉とは。11年10月下旬、福島第一原発から45キロの小さな町・三春へ。
脚本家・作家 
山田太一氏

【山田】昨日、石巻の被災地に伺って、いやもう圧倒されました。

【玄侑】あのあたりは津波が川を遡って内陸まで入ってきてしまったんですね。5キロも離れていれば津波も弱まるだろうと思っていたので、逃げ遅れた方も多かったようです。あれはもう波じゃないですね。津波の波長が200キロから300キロあったというんですから、もう海がそのまま押し寄せてきたのと一緒ですよね。

【山田】玄侑さんは「自然とは絶対に想定内に収まらない」と書いてらしたけど、実際に被害の跡を見て、自然の力の凄まじさに身震いしました。