※本稿は、廣橋猛『つらさを抱える患者にできることはもっとある 緩和ケアをポジティブに変える本』(日経BP)の一部を再編集したものです。
「ガリガリ君」が救いの神になった
緩和ケア医として日々患者と向き合う中で、時として思いがけないものが患者の救いとなるという体験をします。
今回は、そんな「救いの神」となったある商品についてお話ししたいと思います。
皆さんもよくご存じの「ガリガリ君」※です。皆さんも暑い日に召し上がることがあるのではないでしょうか。
※今回は「ガリガリ君」の話としていますが、似たような氷菓であれば同等の効果があると考えられます。ただ、本書籍ではそれらも含め、便宜的に「ガリガリ君」と表記します。
数年前のある日のこと。
私は病棟で終末期の大腸がん患者、田中さんを担当していました。田中さんは脳梗塞も合併しており、嚥下機能が著しく低下していました。肺炎を繰り返して体はかなり弱り、ベッドの上で寝たきりの状態。
誤嚥の危険から食事を取ることができなかったのですが、本人は「何か食べたい」という強い願望を持っていました。
この状況に、家族も何かしてあげたいという思いを示したので、私はガリガリ君を提案しました。
すぐに家族は、売店でガリガリ君のソーダ味を買ってきて、私も見守る中、その小さいかけらを患者の口に運びました。
すると驚いたことに、田中さんの表情が一瞬にして明るくなったのです。
「祖父の最後の笑顔はガリガリ君を食べたときでした」
「おいしい」という言葉こそありませんでしたが、その満足げな表情は言葉以上に雄弁でした。田中さんはもっと欲しそうな様子で、その後もゆっくりと味わっていました。最終的に、ガリガリ君を4分の1ほど召し上がりました。
この出来事をX(当時のTwitter)で共有したところ、予想以上の反響があり、NHKなどいくつものメディアから取材を受けるきっかけにもなりました。医療者からは「素晴らしいケアですね」「私も勧めてみます」といったコメントが寄せられました。
しかし、私が最も心を打たれたのは、患者の家族、さらには大切な人を亡くした遺族からの反応でした。
ある患者の家族は、「抗がん剤で食欲がないときも、ガリガリ君に救われています」と書いてくれました。遺族の方からは「祖父の最後の笑顔はガリガリ君を食べたときでした」という思い出も教えてもらいました。一方で、「知っていたら、もっと色々できたかもしれない」という後悔の声もありました。
これらの反応は、私たち医療者に「食べる楽しみ」の重要性、そして希望を持ち続けなければならないことを改めて認識させてくれました。

