運命の出会い

病院の帰り道、本を読まない母親が本屋に寄ってくれた。

「何もいらないの?」と言うため、月野さんは咄嗟に10代向けのファッション誌を手に取った。

部屋にこもってファッション誌をめくっていると、書籍を紹介するページに釘付けになる。

いても立ってもいられなくなった月野さんは、家に誰もいないことを確かめると、そこで紹介されていた本を買いに出かけた。

歩いて30分の本屋に走って向かい、購入して帰宅すると、汗だくになっていた。しばらくすると、兄と母親が帰宅したらしく、言い争いが聞こえてきた。どうやら兄が高校を辞めたようだった。

月野さんは目の前が暗くなったが、買ってきた本を読み始めると、不思議とやる気が漲ってくるような感じがした。

「その本は、さくらももこさんのエッセイでした。何度も読み返して、その度に笑いました。『いつでも死ねるんだから、今やりたいことをやろう』。そう思えてきました」

月野さんはまず、「なまった体を鍛えよう」と思い、ファッション誌に載っていたエクササイズを始める。生活リズムを整え、朝起きたら日光浴をし、裏庭で自転車漕ぎをした。

母親に「目がよく見えないから、コンタクトにしたい」と言うと、「いいよ」と言って買ってくれた。ほとんど手をつけたことがないお年玉で美容院に行き、髪を切った。

「母は反対したり文句を言ったりはしませんでしたが、『どうしたの?』とも言いませんでした。だから私からも話しませんでした。母の頭の中は、兄が高校を辞めたことでいっぱいだったのだと思います」

中2の終わり。月野さんは部活だけは行くようになっていた。たまに教室にも顔を出すと、

「誰も何も言うなよ! デリケートな子がきたよ!」

と担任の教師が半笑いで叫んだ。担任は30代くらいの女性の体育教師だった。

馬鹿にされていると思うと悔しかったが、そんな時は本を買って読むとどうでもよくなった。

月野さんは問題集を買って自分で勉強を続けていたが、時々自分ではどうしても解けない問題に悩んだ。少し前まで兄に家庭教師をつけていたことを思い出した月野さんは、母親に「家庭教師をつけてほしい」と頼む。

すると母親は、

「高校に行く気があるの? 知らなかった」

と驚いた。

「高校に行かないなら、私はこのまま家に引きこもっておけばいいの? 放っておくつもりだったの? 兄にはすぐに新しい高校を探したのに……? 私の未来なんて将来なんてどうでもいいと思っているのかと苛々しました。同時にすごく悲しくて、頑張ろうという気持ちが押し潰されました」

それでも母親は家庭教師をつけてくれた。それが国立大学1年生の夏希先生だった。真希先生はさっぱりとした性格で、初対面でこう言った。

「あー! 騙された! 不登校の子って聞いてなかった! まぁ、でもいい子そうで良かった!」

面食らって固まっていた月野さんに、夏希先生はニカっと笑った。この出会いが月野さんの未来を大きく変えた。

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夏希先生は、月野さんが問題を解くたびに大袈裟なくらい褒めてくれた。それは月野さんが長年、母親からされたかったことだった。

中3になると担任が変わったが、やはり月野さんがたまに教室に行くと、面倒くさそうに扱われた。

月野さんはこの頃、

「高校に行って、夏希先生みたいに大学生になるんだ。家を出るんだ」

という目標があった。

夏希先生は時々月野さんを連れ出し、美味しいものを食べさせてくれたり、大学の話をしてくれたりした。

月野さんは私立高校に合格した。