中学校に行かない

翌朝、月野さんはいつも起きる時間に起きなかった。すると母親が部屋に来た。

「いつまで寝てるの? 早く起きなさい!」

月野さんは「行かない」とだけ言い、布団をかぶった。

「え? 具合悪いの? 熱あるの? 何言ってるの? とにかく早く起きなさい!」

白い布団のなかに小さな子供の足が見えている
写真=iStock.com/Zulfiska
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母親はそう言って部屋を出ていった。しばらくして、兄や妹を学校に送り出した母親がまたやってきた。布団を剥ぎ取られ、ベッドから引き摺り下ろされる。

「何してるの? 早く学校に行きなさい!」
「行かない」

そう言った次の瞬間、頭を思いきり叩かれた。

「何馬鹿なこと言ってるの?」

背中も何度も叩かれる。

「兄が落ち込んだり苦しんだりしていた時は、母は泣きながら抱きしめていたのに、私のことは叩くんだな……と思いました」

何度も叩かれているうちに腹が立ってきた月野さんは、一度だけ母親の腕を叩き返した。

すると母親は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに「親にむかってなんてことするの‼」と激昂し、月野さんの頬を叩いた。

月野さんは「はあ〜」と大きなため息をつき、父親を呼びに行くと、父親は月野さんを一瞥しただけで仕事に行ってしまった。

「明日怖い先生に来てもらって、学校まで連れて行ってもらうから! 今日は部屋で静かにしてなさい!」

そう言って母親は去ると、数分後にリビングから母親や友達たちの笑い声が聞こえてきた。お茶会が始まったのだ。

「私はどこかで期待していました。母が私の話を聞こうとしてくれるのではないか。何かつらいことや悲しいことがあるのかと気にしてくれるのではないか。私の苦しみを理解してくれるのではないかと……」

しかしその期待は見事に打ち砕かれた。

翌朝も月野さんは学校に行かなかった。母親はさらにイライラを増幅させ、「怖い先生に引きずって学校まで連れて行ってもらうから!」と脅した。

しばらくすると、母親が呼んだのだろう。担任の教師が来た。担任は月野さんの前に座り込み、顔を覗き込んだ。涙を流していた。

「ごめんね。そんなにつらい思いをしていたの? 先生は気づけなかった。ごめんなさい」

月野さんは何も言えなかった。

母親のお茶会のせいで午前中はリビングに行くことができず、次第に月野さんの生活リズムは逆転し、家族が寝静まってから一人でご飯を食べるようになった。

「中学生として、しなければならないことを放棄している自分は、働いている父や家事をしている母、学校へ行っている兄や妹たちに合わせる顔がないと思うようになっていきました」

そんなある日、月野さんがトイレに行くために台所の脇を通ると、母親が泣いていた。月野さんが近づくと、「死にたい」と言った。

月野さんが何も言えずただ固まっていると、「私の人生って何なんだろう」と呟いた。