早朝から行列、30分で売り切れるアスパラ
「子どもが熱を出していて。瑞雲ファームのしいたけとアスパラがめっちゃ好きなんです。『食べたい!』って言うから買いに来ました」
2025年10月末、取材中のことだった。熱のある子どもをワンボックスカーに乗せた女性が、伊賀の山々に囲まれた農地にポツンとたたずむ自動販売機をめがけてやって来た。残念ながら前日にアスパラの収穫は終わり、しいたけは自動販売機に入れると品質が下がる気候のため販売していなかった。
「もう少ししたら自動販売機を開けるので、インスタでご報告しますね」
丁寧かつフラットに説明するのは、瑞雲ファーム代表の中井奈緒美さん(44)。熱があっても子どもが「食べたい」と求めるアスパラとは……。筆者が驚いていると、奈緒美さんは静かに微笑んだ。
「春採れアスパラの時期は朝6時前からお客さんが自動販売機に並んでくれはって、30分で売り切れることもあるんです」
35歳まで土を触ったこともなく、農業がしたいなど1ミリも思っていなかったという奈緒美さん。それが今では約50メートルの長さがあるアスパラハウス13棟、しいたけハウス1棟、ブルーベリーハウス2棟を持ち、年商2000万円超を稼ぐ。
なぜ、農家になったのか。すべては2016年5月、義父の死から始まった。
奈緒美さんが結婚したのは2009年。同じ年、農林水産省を定年退職した義父の忠司さんは、伊賀の寒暖差がある地形を活かしてアスパラ栽培を始めるため、ビニールハウス8棟を建設。「日本一のアスパラ農家になる」と宣言した。
忠司さんは地区の人から一目置かれ、家族からも尊敬される存在だった。「口数は少なく寡黙だが、賢い人」と奈緒美さんは目を細めて振り返る。
当時の奈緒美さんにとって、アスパラは「お義父さんが育てている作物」に過ぎなかった。玉ねぎやじゃがいもと違い、スーパーでは高くてなかなか手が出せない嗜好品レベルの野菜。週1回、夫の実家でご飯を食べた帰りにもらうのが楽しみだった。
しかし2016年5月、アスパラの収穫最盛期に忠司さんは突然この世を去った。
家族は崩壊寸前だった。義母は消沈し、夫はふさぎ込み、当時6歳だった息子にはチック症状が現れた。しかし落ち込む家族とは対照的に、アスパラは成長し続ける。義母が一人で栽培できる規模ではないし、会社員の夫が兼業できる作業でもない。
「このままじゃ、家族みんながあかんことになる」
ハウスを他の農家に委託することがまとまりかけていた矢先、奈緒美さんの口から言葉がこぼれ落ちた。
「私が、やるわ」


