80代の親が50代の子どもの生活を支える「8050」が社会問題となって久しいが、精神科医の斎藤環氏は、親が死ぬと高齢の子どもが残され、「在宅ホームレス」が増えると指摘する。30年以上ひきこもり状態の人たちに向き合ってきた斎藤環氏と、数多くの孤独死現場を取材してきた作家の菅野久美子氏が、ひきこもり問題の現状とこれからについて語り合う――。

日本でひきこもりが多いワケ

【斎藤】日本には、推計で146万人もの「ひきこもり」がいるといわれています。これは政府統計ですから“控えめ”な数字で、実際には200万人以上いるはずです。

そもそもなぜ日本でひきこもりが多いかというと、成人した子どもと同居し続ける親が多いからです。そのような国は、世界中を見渡しても日本と韓国、イタリアぐらい。ほかの国では、子どもは成人したら家から出て行くのが一般的です。アメリカで若いホームレスが非常に多いのは、そうした背景があります。

一方、日本のホームレスは1万人以下と、世界的に見れば異常といえるほどの少なさです。ひきこもりの多さは、同居率の高さと相関していると思います。

日本では、親がひきこもりなどの問題を抱える子どもを抱え込んでしまうケースがよくありました。しかし、最近は、こうした子どもの面倒を親が最後まで見るという発想が希薄になってきていますので、これからは日本でもホームレスが増えていくでしょう。

「8050問題」と孤独死

【菅野】私はこれまで孤独死に関する取材をたくさんしてきましたが、日本における孤独死の問題は「8050」(80代の親が50代の子どもの生活を支える問題)とつながっていると感じています。

孤独死の現場では、現役世代で亡くなっているケースにもよく遭遇するんです。父親が亡くなり、母親が入院した直後に孤立した女性が、熱中症で命を落としたケースもありました。彼女が最後に書き置きしたメモを行政関係者が見つけたのですが、これからどうやって生きていったらいいのか、という内容だったんです。彼女の孤独と困惑が伝わってきて苦しくなりました。

あと一人暮らしでも、社会との関わりを閉ざして、ギリギリで生活していたと感じられるケースもとても多いです。窓という窓に目張りをしたり、シャッターが下りっぱなしになっていて、部屋はごみ屋敷化している。夏は灼熱しゃくねつ地獄で、エアコンもつけられずに衰弱して孤独死してしまうケースも珍しくありません。

ひきこもりの最後はホームレスになるのか、それとも孤独死してしまうのか――。斎藤先生は、この点をどのようにお考えでしょうか。

【斎藤】「8050問題」には、次のフェーズがあります。それは「9060」ではなく、ただの「60」です。つまり、親が亡くなり、還暦の子どもが残されるというかたちです。

そこで奮起して働き口を探し始める人もいるかもしれませんが、それはごく一部でしょう。それ以外の人たちを待っているのは孤独死です。

たとえ遺産を残していても、公共料金の手続きも困難なひきこもり当事者も多いので、ガスも電気も止められて、家があってもホームレスのような生活しているということが起こりうるわけです。私はこの状態を「在宅ホームレス」と呼んでいます。

斎藤環氏。
撮影=大沢尚芳
斎藤環氏。