賃金、物価、設備投資の「トリプル高」が起きている
【古屋】アトキンソンさんはこれまでご著書やさまざまな場で、人口が減少していく中で日本という国が変わる必要があると提言されてきました。さまざまな反応があると思いますが、私も日本が変わるべき重要なターニングポイントに差し掛かっていると考えています。
日本で起きている人手不足は決して一過性のものではなく、日本社会が必要とする労働力の量を働き手の数が下回り始めてるという構造的な人手不足が背景にあります。つまり、人口動態の変化に起因する問題で、私は「労働供給制約」と呼んでいます。
年齢の構成が同じまま人口が減少するならば、じつはさほど大きな問題ではありません。しかし、いまの日本は年齢の構成が大きく変わり、さらに人口が減っていくという時代を迎えています。
注目すべきは高齢者人口、とくに85歳以上人口です。日本で今後、2040年代前半まで唯一増えるのは85歳以上人口で、2020年の約600万人から約1100万人までほぼ倍に増えると予想されています。2040年代前半には日本の総人口のおよそ10%が85歳以上になると言われていますが、そんな社会は人類史上初で、まだだれも経験したことがありません。
今後、高齢者が増えることで、医療や介護、対人サービス業を中心として人手が必要になってきます。その一方で、高齢者は徐々に働き手ではなくなっていきます。このギャップが、構造的な人手不足を加速させるのです。
その結果として、いま日本では賃金、物価、設備投資の三つが同時に上がる「トリプル高」の局面に入ったのではないかと考えています。この構造的な人手不足、つまり「労働供給制約」について、アトキントンさんはどのようにお考えでしょうか。
【アトキンソン】労働力の問題は、古屋さんがおっしゃる通りです。当然、一過性の問題ではありませんし、まだその深刻さが全面的に出ているわけでもありません。人手不足が本格的に始まるのはこれからです。
【古屋】まったく同感です。
【アトキンソン】日本の生産年齢人口は1994年のピークからすでに1400万人も減っていますが、労働参加率は上昇してきましたので、まだ就業者数は純増しています。労働参加率はすで先進国の中で、最高水準状態にあり、これ以上に高くなることはあまり望めません。
先ほど古屋さんがおっしゃったように、高齢者の中でも高齢化が始まっています。2020年頃までは65歳以上人口の半分以上を65〜75歳が占めていましたが、いまでは75歳以上の人が多くを占めています。
【古屋】そうなんです。実は現在、65歳以上の方々のうちの3人に1人以上が80歳以上なんですよね。
あと2、3年で就業者数が減り始める
【アトキンソン】労働参加率がこれ以上上げられない状態で、生産年齢人口が減り、高齢者がさらに高齢化していくと、近いうちに就業者数は純減し始めます。私の計算では、あと2、3年でそのときを迎えるはずです。
このままだと、大企業と一部の中堅企業くらいしか人を雇用できなくなります。ほとんどの中小企業が働き手を確保できない時代になってしまうのです。これはもう、時間の問題だと思います。
現在の日本の実質GDPは約550兆円ですが、たとえ人口が減ってもAIやロボットを活用すればこのGDPを維持できると言う人がいます。その考え方は“供給側だけ”を見れば、間違っていないかもしれません。
しかし、AIやロボットは食べ物を食べませんし、車を買いません。新幹線に乗りませんし、住む家も必要ありません。たとえ供給能力を維持できたとしても、そもそも「それを誰が買うのか」という問題が残ってしまうのです。「人手不足をどうするのか」という供給側だけではなく、「誰が買うのか」という需要側の問題もあるので、需要側をまったく無視した考え方には大きな疑問があります。
もう1つ問題になってくるのは、高齢者が増えることで介護・医療のサービスの需要が増大することです。こうした仕事の特徴は、いずれも「生産性が低い」ということです。
【古屋】それこそが最大の問題です。
【アトキンソン】生産性が低いので採算性が悪くなり、賃金水準も低いのです。増えれば増えるほどGDPを押し下げていきます。供給側の雇用が減っている状態なのに、生産性の低い分野に人が集まってくるという問題がある。