中学校に行けない

月野さんは中2年になると、約2カ月ぶりに登校した。びっくりしたり、ジロジロ見たりする人はいたが、特に何も言われなかった。

「2カ月以上ほとんど部屋から出ていなかった私にとって、学校は刺激だらけでした。まず、嗅いだことのない匂いに戸惑い、そして人の動きや話される言葉が早送りのように感じ、頭の中をぐるぐる駆け巡っては消えて行きました。他愛もない会話を聞きとって答えることにもすごく神経を使いました。とてつもなく疲れました」

数カ月後、国語の教科書を忘れてしまったため、隣の席の男子に見せてもらうことになる。すると隣の男子から「ずるっ、頭わるっ、キモっ、太ってんなー、こっち見るなよ」などと言われるようになった。

しばらくすると月野さんは、学校に行けなくなった。ずっと習っていたバレエやピアノ、英語教室も辞めてしまった。

それから数日後、母親が突然部屋にやってきて、小さな紙切れを落として言った。

「それがあんたの本当の実力なんだよ!」

その紙切れは、中2になってから受けた学力テストの成績表だった。300人中112番。放心状態の月野さんを、母親は睨みつけてきた。

「以前はテストでいい点をとっても『意味がない』と言い続けてきた母が、なぜ悪い点数をとったら怒ったのかわかりませんでした」

その後、母親のお茶会は毎日から週に2回に減った。その代わり母親は手芸教室に通うようになった。

兄は私立の高校に進学したが、相変わらず友達もおらず暗い顔をしてうつむいていた。

ある日、兄が、「ウォークマンを盗まれた!」と言って怒っていた。高校にウォークマンを持って行くこと自体が校則違反だったため、高校では犯人を探したりはしてくれかったらしい。母親はただ困惑し、「新しいものを買えばいいでしょ?」となだめた。兄は「そんな問題じゃない! 誰にも俺の気持ちは伝わらない!」と激昂して泣いた。

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写真=iStock.com/Sensay
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中2になってから半年ほど経った頃、月野さんは母親から「病院へ行こう」と言われた。月野さんは、母親が自分のために病院探しをしてくれたことがとても嬉しかった。

受診日、母親と一緒に診察室に入ると、70歳くらいの医師がいた。医師は月野さんが座るや否や、母親や月野さんの話は一切聞かず、一方的に自分の苦労話を聞かせ、最後に「あなたは見るからに病気ではないから、お母さんに苦労をかけないで頑張りなさい」と言った。

「母が事前に医師に何か吹き込んだのではないのかと思い、まるで私には苦しみもなく、毎日ぐうたらしているだけと言われたような気がして、怒りがおさえられませんでした」