無茶ぶりから始まった商品開発
「ひとくちに“飲み込むことができない人”と言っても、その力は本当に人それぞれなので、『粘度を調節できる』ということがとろみ剤としては必要不可欠な要素なんです!」
ピジョンタヒラ(本社:東京都中央区)のマーケティング部マネージャー・中谷拓真は思わず言葉に力が入る。
「粉末は入れる量によってその人に適した粘度を調節しやすいですが、液体でそれを実現しろというのはかなりの無茶ぶりですよ……」
それを受けるのは、ピジョン(本社:前同)の開発本部・町田翔だ。
「粉末はダマができないように確認しながらしっかりとかき混ぜる必要があります。ダマができてしまうと飲み込んだ際に喉に詰まってしまったり、誤嚥してしまったりする恐れもあるんですよ」
熱弁する中谷に対し、町田は困惑した表情のままだ。
「何にでも溶けてすぐにとろみをつけるって、本当に無茶な要望なんですよ。確かに、粉末だと牛乳にはなかなかとろみが付かないし、炭酸に入れると泡立ってしまってすぐには飲めない。でも液体だと、薄めれば薄めるほど粘度は低くなってしまう……」
「それでも困っているお客様がいるんです! なんとかしてください!」
ピジョンタヒラは、マタニティや育児用品を開発・製造・販売をするピジョンの、ヘルスケアや介護用品を開発・製造・販売を手掛ける子会社だ。
同社では製品開発をする際には実際に介護現場に赴き、介護職の人や家族を在宅介護している人にヒアリングをおこない、ニーズや悩み、不満などについて調査している。
2019年におこなった在宅介護者への調査では、とろみ剤に関する悩みや不満が目立っていた。その内容は以下の通りだ。
2.たくさんかき混ぜないととろみがつかない 17.5%
3.ダマができる 12.5%
4.とろみがつくまでの時間が長い 10.0%
5.時間がたつととろみが弱くなる 10.0%
6.食べ物の味や香りが悪くなる 5.0%
7.色々な料理に使えない 5.0%
8.価格が高い 5.0%
この調査結果から、同社はとろみ剤の開発をスタートした。
まずは中谷が所属するマーケティング部門で、どんなとろみ剤ならこれらのニーズを満たせるかを話し合った。
「介護職の方は訓練を受けているので、ダマにならない作り方を心得ているんですが、在宅で介護をされている家族の方からの『ダマにならないように作るのが難しい。なんとかしてほしい』という声が多く感じました。それを解決する方法を考えたときに、『初めから液体だったら絶対にダマにならないよね?』という意見が出たのです」
当時(2019年)、市販されているとろみ剤は、粉末状のものしかなかったのだ。
そして決まったコンセプトが、「液体で、何にでも、すぐにとろみがつけられるとろみ剤」だった。このコンセプトと企画の詳細を手に、中谷は町田が所属する親会社の開発本部に商品開発の依頼を出した。冒頭はその際のやりとりを再現したものだ。
このやりとりからほどなくして、町田は夢に見るほどとろみ剤に悩まされることになる。