「うれしの茶」に起きている地殻変動
佐賀県の南西部。長崎県と隣接する人口約2万5000人の嬉野市。2022年9月に開業した西九州新幹線によって、実に91年ぶりに鉄道駅がこの街にできたことが話題になったのは記憶に新しいだろう。
嬉野の名産といえば、日本三大美肌の湯と呼ばれる「嬉野温泉」、400年以上の歴史を持つ工芸品「肥前吉田焼」、そして、やぶきたを主力品種とした「うれしの茶」である。昨今、そのお茶に“地殻変動”が起きている。
「こちら、最初の1杯でございます」
ここは嬉野市内を一望できる山の上の茶畑。その中に屋外茶室「天茶台」はある。担当してくれた茶農家の北野秀一さんから差し出されたのは、肥前吉田焼の白い茶器に注がれた煎茶。1杯5000円という。北野さんは「きたの茶園」の3代目。現在3.6ヘクタールの茶畑にて、農薬と化学肥料を一切使わない有機栽培を行う気鋭の生産者である。
この日、筆者が体験していたのは「ティーツーリズム」と呼ばれる観光プログラムで、生産者が自らお茶3杯を振る舞い、参加者と対話するというもの。茶菓子がつくコースもあるが、参加料金は一人1万5000円(税別)なので、単純計算でお茶1杯につき5000円となるわけだ。
このプログラムが誕生したのは2017年。そこから段階的にお茶の料金は上昇し、現在の水準になった。
かつては「お茶はタダ」が当たり前だった
うれしの茶が高価格化したのはここだけではない。ティーツーリズムを仕掛ける地元高級旅館・和多屋別荘では、客室に置いてある茶葉を除き、施設内で飲むお茶はすべて有料で提供している。
では、こうした取り組みが始まる以前はどうだったのか。嬉野の他の旅館やホテルはもとより、和多屋別荘でも基本的にタダである。地元の名産品にもかかわらず、お茶でお金を取るという意識は誰も持ち合わせていなかった。
ただ、これは日本全国どこでも言えることだろう。例えば、飲食店でもコーヒーやジュースは有料だが、お茶や水は頼めば無料で出してくれる。「お茶はタダ」であることが半ば常識になっていると言ってもいい。
客に大盤振る舞いしてもびくともしないほど、茶農家のビジネスは安泰だったかというと、当然そんなことはない。時代の移り変わりとともに茶葉の市場価格は下がる一方だ。全国茶生産団体連合会の調べによると、お茶(普通煎茶の一番茶)の平均価格は、2006年に1キログラムあたり2500円を超えていたが、22年には1944円にまで下落している。以前からお茶で稼ぐのは一筋縄でいかない状況だったと北野さんは回想する。
「23年前に就農したとき、この収入で家族を食べさせていくには厳しいことが目に見えていました。そこですぐに(お茶の閑散期である)冬場は造園業の仕事を始めたんです」
それが時は経ち、今ではお茶の仕事だけに100パーセント専念できるようになった。総売り上げも2015年ごろと比べて約2倍に増えた。
「お茶はタダではない」。安売りからの脱却を図った嬉野の茶産業の変革を追った。