「もっと高く売れるはず」強気の値付けが逆効果に
永尾さんもお茶以外での収入を得るため、冬場は海苔の養殖工場やコンクリート工場などでアルバイトをした。お茶の小売はしなかったのかと尋ねると、手間がかかることもあって、あくまでも市場への出荷をメインに考えていたという。
ただし、既存の業界構造には疑問を持っていた。お茶はもっと高く売れるはずと思い、強気な価格設定をしていたそうだ。
「もの作りって何でも、作った人は自分で値段を決めて、その価値をお客さんが理解して買ってもらうのが一般的ですよね。でも農作物はそうではない。そこに納得がいかなくて。だから一時期、自分で値付けして、これより安いと売りませんと言っていました」
すると、思わぬ事態に直面することになった。
「問屋としては買いたい商品が買えないと心が萎える。それが何年か続いて、永尾のところは高いからもういらないとなっていたようです」
そうした状況でも小売に大きく舵を切ることはできなかった。なぜなら市場に卸す利点もあったからだ。
「それこそ市場は30キログラムの袋に茶葉を放り込んで、ポンと出せばまとめて買い取ってくれます。それが小売になると、自ら一つ一つ小袋に詰めたり、パッキングしたりとどうしても手間がかかりますよね」
自分が作ったお茶の価値を知ってもらい、もっと高値で買ってほしい。でも、市場のスキームから抜け出すことはできない。永尾さんもまた、理想と現実とのはざまにもがき苦しんでいた。
「1杯1500円で売りたい」に茶農家は騒然
そんな北野さんと永尾さんの視界が急に開けたのが、2016年6月ごろのことだった。
ある日、先輩の副島さんから「今度こういうイベントがあるから話を聞いてみない?」と誘いを受ける。そのイベントとは、同年8月に初開催の伝統文化と食をテーマにした「うれしの晩夏」。そこで上質なうれしの茶と茶菓子を提供する喫茶空間「嬉野茶寮」を企画するため、茶農家として参加してほしいという呼びかけがあった。
北野さん、永尾さんが会合に出向くと、参加者は15人ほどで、半分が顔見知りの茶農家だった。そこで出会ったのが、和多屋別荘の小原嘉元社長だった。
「面識はなかったですね。あー、この人が新しい和多屋別荘の社長か、と思ったくらい」(北野さん)
その初対面の場で、北野さんや永尾さん、さらには副島さんにとっても耳を疑うような言葉が小原さんの口から飛び出す。
「お茶を1杯1500円で売りたいです」