茶農家の生活そのものに価値がある

プロジェクトをリードした小原さんは、現状をどう見るか。うれしの茶の価値を発信できつつあることに手応えを感じる一方で、本質的な課題解決にはまだ至っていないと吐露する。

「産業のボトルネックの解消は一切できていません。多分今後もお茶の生産者は減っていくと思います。だから生産している現場そのものが実は別の稼ぎを生むのだという展開に早く持っていかないと」

従来のような安売りからは抜け出した茶農家もいる。ただ、まだまだやれることは多い。例えば、商品や企画に磨きをかけ、客単価をもっと上げることで、このプロジェクトに関わる茶農家は年収の半分をここで稼げるようにしたいと小原さんは考える。その一歩として、今年秋にオープン予定の新たな茶空間では、ティーツーリズムの料金を2万5000円にして、茶農家への分配金をさらに増やす予定だ。

「茶農家の皆さんの生活に価値があるわけですから、もうここ(和多屋別荘)から見渡せる茶畑すべてにお金を払わないといけないだろうなといった気概でやらないと。これだけぜいたくで豊かな暮らしをこの町でさせてもらったのであれば、何かをお返しするのは必然でしょう」

嬉野温泉駅ができたことで外からのアクセスは良くなったものの、まだまだ地域の課題は山積みである
筆者撮影
嬉野温泉駅ができたことで外からのアクセスは良くなったものの、まだまだ地域の課題は山積みである

暗闇の中で進むべき道が見つかった

最後に、永尾さん、北野さんに聞いてみた。苦悩していた頃を振り返り、一体何を思うか、と。

「何かを形にすればどんどん道が開けるんですよ。暗闇しかないなかったところに、何か道がね。しかも1本だけではなくていろいろな道がある。もっと小売に力を入れたり、カフェを経営したりというのはまだ考えていないけど、やっぱり多くの人たちに自分が作ったものを手に取ってもらいたいです」

北野さんはうれしの茶の広がりをこう言葉にする。

「都内でお茶を使ってもらうようになって、『うれしの茶が東京でも飲めるんだ』と地元の人が喜んでくれました。同級生とかも『北野くんのお茶、あそこで見たよ。ちょっと嬉しかった』といったメッセージを写真付きで送ってくれます。そうやって連絡をくれるのはこちらもありがたいですよね」

永尾さんはこうも語る。

「嬉野って今まではずっと温泉の観光地であり、その傍らに焼き物やお茶があった。でも、今はお茶が街の顔になっていて、ティーツーリズムを体験するために泊まりに来る人もいます。お茶を目的としたお客さんはだいぶ増えていると実感しています」

プロジェクトメンバーである生産者のお茶のブランド力は高まり、それが収入増にもつながっているのは間違いない。ただ、この成果がうれしの茶全体に波及しているとはまだ言い難い。さらには域内経済へのインパクトも部分的だろう。もっとステークホルダーを増やして底上げすること。地域の本格的な活性化という点では、ここが次のチャレンジになるはずだ。

新連載「安売りをやめた人たち」では、長きにわたって続いたデフレによって「安いことが当たり前」という意識が染み付いてしまった日本社会に一石を投じるべく、そこから抜け出そうと挑戦する人や企業、地域をクローズアップしていく。
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