「ANAインターコンチネンタルホテル東京によく来る常連のお客さんが『ここのお茶はいつ来てもとても美味しい』とおっしゃったそうです。そこでホテルの方がうちを紹介してくれて。すると、そのお客さんからオリジナルの茶葉を作ってほしいという依頼がありました。ちょうど昨年末にオーダーがあり、400万円分個人で買っていただきました」

永尾さんにとって一度にこの規模の購入金額は過去に例がなかった。そしてまた、自分のお茶の価値を正当に評価されたことに喜びを隠せなかった。

年収は倍増、新しいビジネスが生まれる

プロジェクトが始まってから8年。北野さんの年収は2倍に、永尾さんのお茶の売り上げは約1.5倍になった。さらに、副次的な効果も生まれた。永尾さんはプロジェクトによってもう一つのビジネスの柱を手にしたのである。それは「おにぎり」だ。

元々、お茶と共に米も生産していた永尾さん。ある時、小原さんが「この中で米を作っている人いますか?」とプロジェクトメンバーに呼びかけた。そこで手を挙げると、「永尾さん、神谷さんを紹介します」となった。神谷さんとは、フードコーディネーターで、「にぎりびと」として活動する神谷よしえさんのこと。永尾さんの米と神谷さんのコラボレーションによって商品企画化したのが「おにぎり神谷」である。

2022年5月、和多屋別荘にて期間限定でスタートし、早くも同年11月には常設店になるほどの大ヒットとなった。永尾さんがそれまで農業協同組合(JA)に出荷していた米は年間売り上げで160万円だったが、現状は出荷分を含めて倍の320万円ほどに。仮に全量高単価で売れれば640万円にも達するという。

写真提供=和多屋別荘
おにぎり神谷の様子

次の世代に引き継いでいくことが不可欠

成長の裏では課題も抱える。北野さん、永尾さんに共通するのは、人手が足りないこと。生産、販売、イベントでのサービスなど、基本的に一人ですべてをこなさなくてはならない。人員を雇いたいが、まだ余剰コストをかけられる状況ではない。繁忙期は「朝から夕方までは畑で作業して、夜はパッキングなど小売の仕事をする毎日ですよ」と永尾さんは苦笑いする。

もう一つ、プロジェクト全体に関わる悩みとしては、茶農家の参加者を増やしたい。嬉野の茶農家は減っているとはいえ、まだまだ30代の若手も多い。どうにかして巻き込みたいと考えているが、なかなか手を挙げてくれないそうだ。

「誘ったりもするのですが、自分たちは人前であのようなサービスなどできないと言われてしまいます」(北野さん)

「こっちから頼むものでもないので静観していますが、本音は関わってもらいたいですね」(永尾さん)

嬉野の街や産業の未来を考えると、ずっと現状のメンバーだけでやるのは限界がある。次の世代に引き継いでいくことが不可欠だと自覚する。