今後、認可の過程で、処方や効果をモニターする方法だけでなく、大量出血などの合併症が出て治療が必要になったときに、規制州にいる場合でも罰則を気にかけずに適切なケアが受けられるよう、ここでも法と医療体制両面の観点からの整備が急務である。

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2022年5月14日、最高裁のリークを受けてボストン市街で開催されたRise up 4 Abortion Rights主催の抗議集会の様子。オバマ政権で中絶の権利が立法化されなかったことを批判もしている。
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ボストンの目抜き通りをデモ行進し、参加者が中絶規制反対をアピールしていた。

シンクタンク・ピュー研究所によれば、2021年現在、アメリカ人の63%がキリスト教徒である。これは2011年より12%も少なく、近年減少の一途をたどっている。

世論調査会社・ギャロップ社の2022年5月の調査では「プロチョイス」(中絶権利擁護派)を自認する人は55%と増加傾向だが、反対派の「プロライフ」は39%と年々減っている。長期的には中絶規制の動きは減速し、超長期的には両者のバランスが大きく崩れ、政治的な利用価値がなくなるだろう。その時はじめて医学的、社会的にこの問題が解決に向かう可能性はある。

「患者にとってベストな医療」を最優先にするべきだ

しかしながら、これまで見てきたようにアメリカでは規制が先行し、特に保守州で患者にベストな医療や薬剤が提供できない状況が続いている。実際に不利益を被るのは患者であるため、当面はこの観点から現時点で可能な法整備が望まれる。

2022年のテキサス大の政策評価プロジェクトによると、規制施行後、最善の医療を施すことができない医師にも葛藤が生じており、医療従事者のバーンアウトなどにつながる危険性を指摘している。医療従事者は中絶のケアだけをしているわけではない。治療する・しない、処方する・しないの問題が患者と医療従事者の信頼関係におよび、他の医療行為に悪影響が出ないことを祈るばかりである。

アメリカのような先進国でも、政治的背景から医療に規制がかけられたことは、法的規制が医療に及ぼすインパクトを多方面から検討・考慮しなければならない例として他山の石とすべきであろう。

また、経口中絶薬の例からは、効果的で安全というエビデンスのある医療や薬剤を、変化するIT技術や社会情勢に対応しつつ、迅速に市民に提供するための法制度や医療体制を整備することも、ベストな医療を提供する上で重要と教えてくれる。

翻って日本では、未承認となっている経口中絶薬の使用をめぐり製薬会社が承認申請をおこなった段階である。アメリカでの事例を対岸の火事とせず、患者にとって「ベストな医療」を提供することを第一に議論し、患者の選択肢や医療環境を整えていくべきだろう。

医療、法曹など各分野の専門家や患者団体が横のコミュニケーションを促進することで種々の医療問題が解決され、ベストな医療がタイムリーに提供されることを願ってやまない。

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