年間200人以上訪れる日本初の「スマホ外来」
行き帰りの通勤電車のなかでゲームを楽しみ、食事をしながらTikTokの動画を眺め、湯船につかりつつSNSをチェックする。いつ何時もスマホを手放すことができず、スマホを相手に無駄な時間を過ごしてしまう……。そんな自分の姿に気づき、「もしかして『スマホ依存』かも?」と思ったのなら、スマホを手にするのをやめてしまいましょう。あなたの人生は一変します。
こう言い切れるのには理由があります。私が名誉院長を務める久里浜医療センターは、2011年に国内で初めて「ネット依存専門外来」を設立して、いまでは1年間に200〜250人の新規の患者さんを受け入れ、再診で約4000人の患者さんが訪れます。その患者さんたちのなかに“スマホ断ち”をして、新たな人生を歩み始めた人が数多くいらっしゃるからなのです。
ところで、私たちがよく耳にする「スマホ依存」ですが、医学用語には含まれない言葉で、医学的な定義も存在していません。そこで、いま一度立ち止まって考えてみましょう。依存している対象はスマホではなく、ゲームやSNSなどであることがわかります。スマホはそれらにアクセスするためのツールでしかありません。「依存」については、医学的な定義が可能です。快感、多幸感、ワクワク感、楽しさなどを追い求める行動がエスカレートし、その行動のコントロールが不能となって、健康的な生活ができなくなったり、社会生活に支障を来したりしている状態になると「依存」が疑われます。自分自身だけではなく、家族や職場にも悪影響を及ぼすことが多いのが、スマホを使ったゲームやSNSなどに対する依存の大きな問題点です。
パソコンやゲーム専用機だと持ち運びができず、部屋にこもりっきりになり、早期の段階で「依存かも」と自覚しやすい。しかし、スマホはどこにでも持ち運びできるため、適正な使用なのか区別がつきにくくなります。さらにスマホに「通知」が来ると、つい手を伸ばしてしまう。スマホは私たちを依存状態へと誘うリスクが高いツールといえます。そうしたスマホとの関係を見直して、人生を一変させた人たちの例を紹介しましょう。
息子の相談のはずが母も数十万円の課金を
●Aさんの場合
40代半ばの独身男性でビジネスパーソンのAさんは、職場でデスクワークをしているときも、常に自分の手元にスマホを置いていました。そして、何らかの通知が表示されると、パスコードを入力して内容を逐一チェックしていたのです。当然のことながら、仕事は中断してしまい、一向にはかどりません。上司から「Aさん、スマホいじりをやめて、仕事に集中するように」と注意を受けたことが何度もありました。
Aさんの場合、依存の対象は何か一つに偏っているわけではなく、掲示板や動画のサイト、そしてSNSと多岐にわたっているのが特徴でした。職場だけでなく、家にいても通勤の途中でも、スマホを肌身離さず持ち続け、何かあるとチェックしていました。診察で1日当たり何時間スマホをいじっているかチェックしたところ、なんと12時間近くにもなっていたのです。
それだけ長い時間にわたってスマホの小さな字を読んでいると、目は疲れ果てて、次第に視力が弱ってきます。それにSNSへの投稿で、ちょこまか文字入力をしていると肩が凝り、Aさんは早くも“五十肩”の症状に悩まされるようになっていました。また、動画の音声をイヤホンで聞くことが多いためなのか、耳が遠くなってきたような気がしていたそうです。「このままではまずい。人生が破綻する」と危機感を覚えるようになったAさんは、当センターの外来に自ら訪ねて来られました。そして、日常生活について綿密なヒアリングを行い、そこで判明したのが、Aさんは対人関係の構築を苦手にしていることでした。「自分には本当の友人がいない」と思い込んでもいました。そうしたなかで疎外感を癒やそうと、SNSや掲示板の世界に逃避していたのです。
依存状態から抜け出すのに何より重要なのが、スマホというツールと距離を置くことです。たとえば、スポーツジムで汗を流したり、退社した後にランニングステーションに寄って着替えてジョギングを楽しんだりする。ダンススクールに参加して、皆と一緒にダンスを習うのもいいでしょう。
すぐにスマホを手にできない状況に自分の身を置くことが重要です。そうこうするうちに顔見知りができて、励まし合いながら取り組みを楽しめるようになると、依存の度合いが低くなっていきます。
もともと依存に対する自覚があって、人生の先行きに対する危機感を募らせていたAさんでしたので、素直に取り組んでもらえました。その結果、スマホを手にする時間は、12時間から8時間へ、そして6時間へと見る見るうちに減っていき、Aさんの表情も以前と比べて格段に明るくなっていきました。
コロナ禍で外出制限を余儀なくされた際に、またスマホを手にしてしまわないか心配したことが一時あったものの、Aさんは何とか乗り越えることができました。そしていまでは、「仕事が楽しくなって、上司を含めて職場の人に自分の仕事ぶりを認めてもらえるようになりました」とまで言ってもらえるようになったのです。
●Bさんの場合
数年前、50代の専業主婦のBさんが当方の外来にいらっしゃいました。大学生の息子さんがスマホの「ロールプレイングゲーム」にはまってしまい、部屋にこもって朝から晩までゲームに没頭するようになっていました。そのことをとても心配して、ご主人と一緒に当の息子さんの背中を押すようにして連れてこられたのです。
診察で息子さんに日常生活に関するヒアリングをしていると、「母さんだって、スマホのゲームにのめり込んでいるじゃないか。その課金のことで、父さんと言い争いをよくしているよな。人のことをとやかく言えるような立場なのかよ」と、家庭内の複雑な事情を暴露するような発言が飛び出してきました。
そうなると、息子さんに受診継続を納得させるのには、Bさんのケアも必要になってきます。息子さんの診察が一段落した後に事情を尋ねると、「恋愛シミュレーションゲーム」に依存していることがわかりました。自分の好みのイケメンのキャラクターを選べて、一緒に食事をしたり旅をしたり、擬似恋愛を楽しめます。また、課金をすることで、自分好みのシチュエーションを演出することも可能になるそうです。
1回当たりの課金の金額は300円程度で、そう高くはありません。でも、何回も課金をしているうちに、Bさんは累計で数十万円も使ってしまっていました。うっとりとした表情でシミュレーションゲームを楽しむBさんの姿を見て、ご主人が快く思うはずがありません。クレジットカードの引き落としで、課金がかさんでいることもご主人は気づいていました。そして「いい年をして何だ。いいかげんにしろ」と声を荒らげていたのです。
しかし、Bさんにも言い分がありました。ご主人は仕事がうまくいかず、憂さ晴らしのための飲酒の量が次第に多くなり、アルコール依存症になっていたのです。そんな夫を支え切れない自分を情けなく思っているうちに、現実逃避で恋愛シミュレーションゲームの世界にはまり込んでしまったのだと、打ち明けてくれました。
よくよく皆さんの話を聞くと、以前は仲のいい家族だったそうです。息子さんの中学時代の部活の試合に夫婦揃って応援に出かけたり、1年に1回は家族全員で旅行を楽しんだりしていました。休日の家族揃っての夕食は会話が弾み、Bさんご自慢の手料理がいつも以上に美味しく感じられていたそうです。
それが何かの拍子でボタンの掛け違いが起きて、家族はバラバラの状態になっていました。ご主人はアルコール、息子さんはロールプレイングゲーム、そしてBさんは恋愛シミュレーションゲームという、おのおのの世界に閉じこもるようになってしまったのです。
でも、現状を甘受しているわけではなく、以前のような仲のいい家族に戻りたいという気持ちを、皆さんが共通して持っていらっしゃることもわかりました。そこで、Bさんと息子さんにはスマホと、そしてご主人にはアルコールと距離を置く環境をつくるよう助言しました。すると息子さんは「母さんがそうするのなら」と言い、Bさんの寂しい思いを知ったご主人にも「わかりました」と言っていただけました。
その後、息子さんは大学を卒業し、就職先の職場で毎日忙しそうに仕事をしているそうです。また、アルコールの摂取を断ち切ったご主人は仕事に打ち込むようになり、Bさんも家事に専念しながら温かな家庭づくりに勤しんでいらっしゃると伝え聞いています。
●C君の場合
スマホのオンラインゲームは、ダウンロードする際に無料であっても、優位にゲームを進める“奥の手”として課金システムを導入しているものが数多くあります。仕事を持って多忙なビジネスパーソンだと、時間節約のために課金してしまう人が少なくありません。ある40代の男性ビジネスパーソンの方は、課金で1500万円ほど使って家庭不和に陥りました。また、親の遺産だった2400万円をすべて課金に注ぎ込み、離婚問題に発展した40代の女性ビジネスパーソンの方もいます。
6年前に外来を訪ねて来られた、当時中学2年生だったC君は、スマホの「戦闘ゲーム」を優位に進行したい思いから、課金システムにはまり込んだ一人でした。親のクレジットカードの番号を盗み見て課金を繰り返し、たったの1カ月で50万円近く使ってしまいました。両親が注意してスマホを取り上げようとすると、大柄なC君は暴れ出し、手当たり次第に物を投げ、家の中をめちゃくちゃにしてしまいました。
途方に暮れたご両親はインターネットで私たちの外来診療のことを知り、C君が大好きだった洋食系の外食チェーンのお店、それも「お天気がいいし、ヨットハーバーを眺めながら食事を楽しめるお店に行こうよ」と誘い出し、千葉県から車で久里浜までやって来られました。最初、騙されたことに大きな体を震わせながら憤っていたC君ですが、「せっかく来たのだから」と言ってなだめながら診察を始めたのです。
C君の場合、自分の思いに耳を傾けてくれるカウンセリングを何回か受けているうちに、精神的な落ち着きを取り戻すようになりました。そして、C君にとって最も幸運だったのが、親身になって心配してくれた中学校の先生がいたことです。大柄でもともと運動神経がいいC君を、監督を務めるバスケットボール部へ誘ってくれました。
先生の指導の賜物でシュートが決められるようになると、C君としても気持ちがよくなります。また、部の仲間もC君を頼りにしてくれるようになりました。そして、朝練も放課後の練習も毎日欠かさず参加し、家に帰ってくるとくたくたで、スマホで戦闘ゲームをする気力も体力もありません。そうこうするうちに、C君の頭のなかから戦闘ゲームの存在が消えてなくなりました。
高校の入学試験に挑戦する際、モノづくりに関心があったC君は科学技術系の専門の高校を受験して見事に合格しました。そして、いまでは有名国立大学の工学部で勉学に励んでおり、スマホのゲームに依存するような生活とは無縁であることに、ご両親は安堵しているそうです。
一日の過ごし方をすべて書き出してみる
こうした実例を知ると、「私もスマホを使う時間が長くて依存していないか?」と心配になる人が少なくないでしょう。そうした場合、まず自分の一日の過ごし方を正確に把握することをお勧めします。「起床時間」「食事」「仕事」「休息」「スマホゲーム」「SNS」「就寝時間」など、生活上の出来事をすべて書き出していきます。そして、実際にスマホを手にしている時間を割り出すのです。
1週間分書き出してみてください。生活パターンが浮き彫りになって、「合計すると、こんなにも長い時間をスマホに割り当てていたのか」と自覚できたのなら、それが改善に向けた第一歩になります。時間はすべての人に平等に与えられた財産です。一日のうち1時間をスマホ以外のことに割り当てると、1カ月経てば延べ30時間。それを有効に使うことで、豊かな人生を構築していけるようになるでしょう。
スマホを使う時間を減らすのには、家のなかに閉じこもらずに外に出て社会との接点を増やすことがポイントになります。スマホから関心をそらし、スマホと距離を置くようにします。「この時間帯はスマホを手にしない」というルールを自分に課したり、依存しているアプリをスマホから消去してしまったりすることも有効です。また、就寝する際にベッドにスマホを持ち込み、スマホのアラームで起床する人がいますが、あまり感心しません。「スマホ漬け」から抜け出しにくくなるからです。
スマホへの依存度が高い人のなかには、「ADHD(注意欠如・多動症)」や「ASD(自閉スペクトラム症)」といった発達障害が原因となって、対人関係を苦手としている人が結構いらっしゃいます。疎外感から逃れるため、スマホを手にしてしまうようです。発達障害の治療を受けることで依存が改善することもあり、依存が疑われたら専門医の診断を受けてみる選択肢があることも覚えておいてください。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年4月4日号)の一部を再編集したものです。