「経営者の仕事は、跳ぶことにある」と述べたのはかつての松下電工(現パナソニック)を率いた三好俊夫会長である。客観的で論理的な戦略で経営を続けると、足をすくわれるという。その真意とは――。

人は、いつも現実の延長線上に物事を考える習性を持っている。「今、原稿を書いている書斎のドアを開けると、廊下ではなく、もしかしたら崖になっているかもしれない」などと考え出したら、人は一瞬たりとも生きてはいけない。昨日あったように今日があるし、今日あったように明日がある(はず)と考えるのは、生きる知恵でもある。

しかし、組織の経営者がそんなふうに考えていては、その組織は持たない。今、この書斎のドアを開けると想像もできない世界が広がっているかもしれないと、常々気に留めていないといけない。その意味では、厄介な仕事なのだ。

昔、超優良会社の松下電工(現パナソニック)を長きにわたって率いた三好俊夫会長は、「経営者は、跳ばないといけない」と言われた。自社の置かれた状況や自社の持っている資源を厳密に精査して、それでもって戦略を導きだすやり方は、誰にもわかりやすい納得のいくやり方だ。客観的・科学的・分析的・論理的だ。戦略論の教科書にも、そうすべきと書いてある。だが、実際は「それだけでは企業は長きにわたって持つものではない」と、三好氏は言われる。状況を客観的に分析し、それを前提として論理的に戦略を構築する。そのやり方を、三好氏は「強み伝い」の経営と呼んだ。強み伝いの経営は、客観的で論理的なので、誰も反対できない力を持つ。組織の中でも、その提案に対して、反対も少ないだろう。だが、三好氏に言わせると、「そのやり方で会社を経営していると、いつの間にか、業界や時代の潮流に取り残されてしまう。会社が変化する速さよりも業界や時代の変化する速さのほうが速い」というのだ。

強み伝いの経営は、誰がやってもあまり変わることのない経営であり、その意味では管理者でもできる経営である。強み伝いの、管理者による経営を避けるためにこそ、経営者がいるのだというのが、三好氏の考えだ。それが、「経営者の仕事は、跳ぶことにある」という主張につながる。

では、「跳ぶ」とは、どういうことか。なんでもいいから跳んでみろというのでは、部下も組織も、ついてはこない。自身で確信を持ち、人に説得できるような未来像を持って跳ばないといけない。まだ誰もやっていないし、その像が妥当だという証拠もない、そんな状況で、確信を持ち他人を説得することがはたして可能なのか。