医薬品会社における発想の転換とは

どうして、パラレルができるようになったのか。どうして、相対性理論を思いついたのか。それはわからない。経験した当人にもわからないのだから、「創造的瞬間を経験するための手際のいい方法」なんてものはたぶん、ない。だが、創造的瞬間を経ることで、人は確信を持って跳ぶことはできるし、人や組織を説得する意欲も根拠も生まれてくる。

そうした経験を得るために、何が必要なのか。ポランニーは、ひとつの重要な手掛かりを与えてくれる。それは、「対象への棲み込み(dwelling in)」の経験である。対象に棲み込み、対象と深い深度で交流することである。これは、強み伝いの経営で述べた、客観的・分析的・論理的なやり方の対極にあるやり方だ。私も、それが大事だと思う。

対象が人であれば、その人の身になって考える。対象が数学理論であれば、その理論に潜り込んで、さまざまな局面で使い込んでみる。対象がスイカなら、スイカの心までわかる(?)果物屋の親父は、スイカをコンコンと叩くだけで中の色や美味しさがわかる。

対象に棲み込む経験を積むことは、人がその人生を生きていくうえで大事なことだと思う。同時に、企業が生きていくうえでも大事な経験だと思う。最近になって、そうした棲み込みの経験を新商品開発の核心に置く企業は増えているが、それをさらに発展させ、それを企業の理念とし、事業のサイクルの核心にまで位置づけた企業もある。そのことを述べて、終わりとしたい。

その会社は、医薬品の会社である。同社は、理念として、「患者様と喜怒哀楽を共にすること」を置いている。医薬品を開発する創薬のプロセスは、科学的・分析的なプロセスである。そこに特に「患者」とか「患者との境界」というファクターが入らなくても、医薬品会社における創薬開発は可能だ。だが、その会社では、研究者も患者さんと共感することを図り、喜怒哀楽を共にしようとする。認知症の患者さん、小児がんの子供たちと……。

それらの活動は、社会貢献活動にとどまるものではない。事業サイクルの中核に置かれているのだ。そこでの経験が、認知症や小児がんの創薬の起点になること。そしてもちろん、創薬の終点もその患者さんたちの治療現場にあること……。

医薬品は、つくって終わりのものではない。その意味で、その会社が提供するのは、医薬品というモノではなく、健康というコトだと言い換えてもよい。この発想の転換は、この企業の患者さんやお医者さんに向けての取り組みを、大きく転換させるだろう。そのことをお話しするには紙数は尽きたので、読者諸氏に、想像の翼を広げてもらうことにしよう。