なぜ女性だけが二者択一を迫られるのか

少しでも仕事を続ける道を探り、夫に「駐在をとりさげてくれないか」と相談したが、返ってきた答えはノー。結局ここでも、家族と仕事を天秤にかけなければいけない八方塞がりの現実に愕然とする。

友人に相談すると「仕事はなんとでもなるけど、子どもは大事にしなきゃ」と言われ、1年前にうけた卵巣嚢腫の手術を思い起こして腹をくくった。年が明けて退職を申し出ると、そこから退職までの1カ月半、毎日ひたすら8時間、グラス拭きと雑誌のスクラップを続けた。そして冒頭の言葉だ。

「どうして男性はいつでも父親になれるのに、女性は二者択一を迫られるんだろう」

同じグラスを何度も磨きながら、社会に対するやり場のない怒りを噛み締めた。

「今は辞めるけど、必ず社会復帰しよう」

心に誓って、会社を後にする。

半年後、長男を出産し、息子が1歳になる頃には復職を試みる。ところが深刻な待機児童問題で、保育園の入園は「キャンセル待ち30番目」と告げられる。

夫は海外駐在を終えて帰国したが、朝7時に家を出て、帰ってくるのは午前0時過ぎ。ママ友との会話にも馴染めず、家では好きな化粧品を使うことに嫌な顔をされた。言葉の通じない子どもと過ごす毎日は、とてつもなく孤独だった。

「男性と同じように勉強して、同じように大学に入り、同じように就職して、男性は子どもが出来ても同じように働き続けることができるのに、女性は子どもが出来たら、チラシを見比べて10円でも安い食材を買うために自転車を走らせて、自分が好きな化粧品も買えない世界が待ってるなんて……。頑張ってキャリアを積んできたのにこんな結末はおかしいだろって思いました」

「孤独な育児で狂ってしまう」という焦りとともに切実に膨らんだのは、経済的に自立したいという思いだった。

子育てに専念していたころの田澤さんと息子
写真提供=田澤さん
子育てに専念していたころの田澤さんと息子

地元の人の「ここには何もない」に抱いた疑問

必死になって仕事を探し、2016年7月、実家のある長野県小諸市で“天職”に復帰する。観光局立ち上げ要員として地域おこし協力隊に採用されたのだ。埼玉に夫を残し、今度は田澤さんが子連れ赴任を始めた。

旅行会社の経験を活かして次々に旅行商品を開発すると、ある時バスツアーの企画が任される。

この頃、知らず知らずのうちに日本酒文化を誇らしく感じるようになっていた。

実は、旅行会社で働きながら通っていたワインスクールの講師は、ワインエキスパートでありながら日本酒のプロでもあった。スクール終わりの食事の席で、講師に勧められた熊本の銘酒「香露」を口に含み、その味わいに舌を巻く。

「白ワインのように華やかな香りと味わいに驚きました。感動のあまり、空になった一升瓶を持ち帰ったのを覚えています」

日本酒の複雑な製法を勉強すると、それまであまり誇りを持てなかった日本の文化を初めて「すごいのかもしれない」と感じるように。これをきっかけに、ヨーロッパにばかり憧れていた田澤さんの心は雪解けを迎える。