ボランティアの経験から
「私は法学部の出身で、学生時代はボランティアで法律相談を引き受けるサークルに所属していました。あるとき50代の女性から『どうやったら遺言書を書けますか』というご相談を受けたのですが、実は法的に効力のある遺言書を自筆で書くのはたいへん難しいのです。正直に『専門家にお願いしたほうがいいですよ』とお伝えすると、その方はとてもがっかりされました。ほかにも遺言書を書きたいという方はけっこういらして、いつも同じようにお答えしていましたが、そのことがずっと心に引っかかっていたのです」
岸田自身、民法の授業で「遺言書は15歳から書くことができる。君たちも自分で書けるんだよ」と教えられ、遺言書づくりに挑戦したことがある。だが、家庭裁判所で正式な遺言書と認められるには、厳密でわかりにくい書式を満たす必要があり、それは法学部生の岸田にとっても荷が重いものだった。
自分で書く遺言書を法律用語では「自筆証書遺言」という。手軽ではあるが、書き方に不備があれば、いざというとき「無効」とされるおそれがある。だから、子や配偶者のために遺産分割の比率などを書き残しておきたいという人は、公証役場に依頼して「公正証書遺言」をつくるのがふつうである。
ただ、それだと手間がかかるうえ、最低でも5万~15万円の費用が必要であり、よほどの資産家でないと依頼しにくいという問題がある。
誰でも15歳から書くことができる。ところが、現実には専門家の手を借りないと正式のものはつくれない……。
このジレンマを解消する商品があればいいのではないか。岸田はそうひらめいたのである。
「なるほど。『15歳から』というのはいい視点だね」
東口がうなった。
自筆証書遺言作成のための簡単な手引きと、遺言書にふさわしい用紙とをセットにした商品。岸田が提案した「15歳から書ける遺言書キット」は、企画会議の場で圧倒的な好評を博した。そして、その夏に開かれた事業プランのコンペである「マーケティングプラン発表会」でも岸田の企画は10組ほどの提案者のなかから1位に選ばれ、正式に商品化を検討することになったのである。