ゴリラの赤ちゃんは泣かないという発見
アフリカで野生のゴリラの調査をしていた頃、思いがけずゴリラの赤ちゃんを育てることになった。密猟者に群れを襲撃され、逃げまどう母親から振り落とされて保護されたゴリラである。まだ1歳に満たない赤ちゃんだった。何とか生き延びさせて、群れを探し出し、母親の元へ返そうと私たちは懸命になった。
赤道直下のアフリカとはいえ、標高3000m近い高地である。夜は冷えるので赤ちゃんを毛布にくるみ、何度も哺乳瓶でミルクを与えた。最初はおびえていた赤ちゃんも哺乳瓶をくわえてジュパジュパと音を立ててミルクを飲むようになった。飲み終わっても、私の腕に抱きついて離れようとしない。
そのうち、どこへいくにも私の足に抱きついて離れなくなってしまった。人間の赤ちゃんと同じで、やはり頼れる保護者が必要なのだなあと思ったものだ。
そのとき、不思議に思ったことがある。ゴリラの赤ちゃんは泣かない。とても、おとなしいのだ。人間の赤ちゃんならけたたましく泣く。とりわけ、母親からはぐれた赤ちゃんは声をからすほど泣き続けるはずだ。でも、ゴリラの赤ちゃんはとてもおとなしく、人間の私に抱かれている。
野生の暮らしでは泣かないほうが自然
当初、それはゴリラの赤ちゃんが恐怖のあまり声が出せないのだと思った。ところが、人間になれてきても泣かないし、後に日本モンキーセンターに勤めるようになって、ゴリラの赤ちゃんを育てた飼育員に聞いてもやはり泣かないという。
さらに、ここでチンパンジーやオランウータンの赤ちゃんの人工保育に参加してみると、やはり泣かないことがわかった。赤ちゃんが泣くのは人間だけで、それはサルや類人猿からすればとてもおかしなことだったのである。
たしかに、野生の暮らしでは、赤ちゃんが大声で泣くのは肉食獣の注意を引くので危険だ。生まれたばかりの赤ちゃんは無力だし、母親もまだ体力が回復していないので餌食になる恐れがある。泣かないほうが自然なのだ。
ではなぜ、人間の赤ちゃんはそんな自然のルールに反して泣くのだろう。