人間の赤ちゃんが泣くのは自己主張
それは、人間の母親が赤ちゃんをすぐに手から離してしまうからだ。生まれてすぐ、赤ちゃんは母親以外の人の手に渡され、あるいは揺りかごにひとりで寝かされる。
ゴリラの母親は生後1年間、赤ちゃんを腕から離さない。だから、赤ちゃんが不機嫌になったり、不具合を感じたら、体を動かして母親に伝えればいい。母親はすぐ気づいてくれる。
でも母親からすぐに離される人間の赤ちゃんはいつも、自分の存在を周囲にアピールしていなくてはならない。周囲が気づいてくれなければ命の危険がある。泣くのは赤ちゃんの自己主張なのだ。
人間の祖先は、いまだに類人猿が棲み続けている熱帯雨林を出て、草原へと進出した。そこで地上性の肉食獣を避ける安全な場所は限られている。おそらくそうした場所を繰り返し使い、赤ちゃんが泣いても安全な条件がそろってから、人間の母親は赤ちゃんを手放すようになったのだろう。それはいつのことだったのか。
人間は多産である。ゴリラは4年に1度、チンパンジーは5年に1度しか子どもを産めない。多産になるため、人間は赤ちゃんを早くお乳から引き離し、出産間隔を縮める必要があったのだ。それが人間の赤ちゃんを泣かせ、共同育児を引き出した。
泣く赤ちゃんは、人間の祖先が危険な環境で生き抜くために生み出した、多産と共同育児の申し子だったのである。
2kg未満で産まれ、5歳には50kg超に
長い間ゴリラと付き合ってみて、私が感心するのは親子の別れるいさぎよさである。ゴリラの子どもはとても甘えん坊だし、親たちは子どもをとても大切に育てる。赤ちゃんは2kgに満たない小さな体で生まれてきて、3、4年はおっぱいを吸って育つ。
母親は生後1年間は片時も赤ん坊を腕から離さないから、赤ちゃんはとてもおとなしい。何か不具合があれば、小さくうなるか、体を動かせば、母親はすぐに気づいてくれる。だから、人間の赤ちゃんのようにけたたましく泣いて、自己主張をする必要はないのだ。
でも、ゴリラの成長は早い。乳離れをして5歳になればもう体重は50kgを超える。お乳を吸っている間は肛門の周りの毛が白く、後ろ姿ではっきりわかる。離乳する頃になるとこの白い毛が消えて、目立たなくなる。母離れの時期が到来するのである。