次に筒井は、東灘警察署に電話を入れる。「あっ、P&Gさんですね。連絡がくると思っていました」。日頃からコミュニケーションを重ねていたことが、イザというときに必要とされる手続きをスムーズにしてくれる。

13時には、警察からトラックの通行許可が下り、仙台市の搬入先も決まった。おむつや生理用品を製造する明石工場の社員たちは、自発的に寄せ書きを認め、段ボール箱に貼っていく。3台のトラックが到着して、積み込みを始めるのは15時の予定だった。それまでに貼らなければならない。

筒井は、「阪神・淡路で被災したとき、私たちは多くの方々に助けてもらいました。16年が経って、恩返しができるのです。普通に売られている商品と同じですが、社員の思いが詰まっています」と話す。

19時少し前、物資を積み終えた3台は、東灘区の本社へと向かう。19時45分、本社に到着。ERおよび生産・物流のBCPチームが迎え、通行許可書を3人のドライバーに配布する。さらに、日本海側を通る目的地までのルート確認、余震対応などの安全面を再度確認する。3人のなかでは、10トン車のドライバーがリーダーだった。50代の寡黙な男だった。

手続きが済み、いよいよ出発のとき、人垣の間から筒井が飛び出し、3人の前に現れる。その手には大きな書類封筒が3つ。

「甘いものと、飲み物が入ってます。使ってください」。

最後に封筒を受け取った寡黙な男は、普通のオジサンである。だが、筒井には、とてつもないヒーローに思えた。

「どうか、くれぐれも、気をつけて、行ってきてください!」

筒井は叫んだ。セルが回り、トラックはゆっくりと動き出す。社員たちは拍手で送る。ヒーローは、クラクションを小さく鳴らし、筒井の気持ちに応えた。そして、夜の向こう側に広がる荒野を目指し、疾走していった。