「息子が交際相手を刺殺した」という連絡が…

筆者は、2008年から加害者家族の支援に従事しており、最も多く扱ってきたケースは殺人事件である。ある日突然、加害者家族という運命を背負うことになった人々の体験に焦点を当て、書籍や記事を執筆してきた。

「息子が人を殺しました……」

電話の向こうの相談者は、震えた声で訴えた。拙著『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)でも紹介したように、親にとって、子どもに人を殺されるほど苦しい状況はなく、自責の念に堪え切れず、自ら死を選ぶ人々さえいる。

本稿では、息子が交際相手を殺害した母親の人生から、事件が起きた背景に迫りたい。男女間の「痴情のもつれ」と簡単に片づけられてしまっていた事件の真相が、十年後、ようやく浮かび上がる。

なお、本文では個人が特定されないよう若干の修正を加え、登場人物はすべて仮名とする。

「息子さんが刃物で女性を刺しました」

橋本希美(40代)は、突然の息子による事件の知らせに驚愕し、頭を抱えていた。息子の隼人(20代)は、交際していた女性を勤務先付近にて刃物で複数回刺して逃走し、すぐ通行人に取り押さえられ、逮捕された。救急搬送された女性は、出血多量により死亡した。

「私は女性との交際には反対していました。いつか、良くないことに巻き込まれるんじゃないかと不安で……。でも、あんな大人しい子が人を殺めるなんて……」

隼人は、女性に多額の金銭をつぎ込んでいたため、生活費も底をつき、自暴自棄になって殺したと供述していた。

壁に手を置く男
写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
※写真はイメージです

「お給料の半分以上は女性のために使っていたようなんです……。あれではいつか、身が持たなくなります。女性が隼人に本気だったとはとても思えません」

被害女性はホステスだった。

隼人は高校を中退してから繁華街の飲食店に勤務し、実家を出てひとりで生活していた。事件の一月前、被害女性と結婚して一緒に生活すると希美に報告に来たばかりだった。

「息子は取り返しのつかないことをしてしまいましたが、あの子の責任だけではないと思っています。私たち親子は、複雑な家庭環境で育っているんです」