CMよりも直営店が効果的だ
中川氏の当時の肩書は常務取締役。社長だった父・中川巌雄氏は、こう息子にアドバイスしたという。
「世の中で何が売れているかをよく見ておけ。そして売れるものを考えろ」
巌雄氏の意見は、ごくまっとうなマーケティング的な発想に立っていた。ところが、息子はそれに強い違和感を覚えた。
「結果として売れてほしいのはもちろんです。でも、一個一個の商品を商品の力だけで売るのでは、どんぐりの背比べから抜け出すことはできない。商品に最初から下駄を履かせてやることはできないか。そう思ったんですね。たとえば、自分が一消費者として家電を買うときには、ソニーの製品から見るわけです。それから他社製品と比較して、最終的にソニーを買う。『下駄を履かせる』とはこういうことだと理解しました。つまり、ブランドを高めるしかないと」
中川政七商店の和雑貨にはブランド力がまるでなかった。ネームタグをつけた品物が百貨店の売り場に並べられても、他社の商品群の中に埋没し、どれが中川政七印の品なのか判然としない。しかもセールの時期に入ると、十把一からげで特売のワゴンに放り込まれ、ますます輝きを失ってしまう。
若き13代目は、売り場に置かれたワゴンを悔しい思いで見つめるしかなかった。
「思いを込めて商品をつくり、ネームタグをつけました。自分たちはそれだけで立派なブランドだと思っているのですが、お客様にはその思いが全然届いていないんです。流通過程を経るごとに、伝えようとしていたことがどんどん削り取られていく。つまり、マーケティング的に『売れそうな商品』をつくっただけでは駄目なんですよ」
そもそも、消費者調査など教科書的なマーケティングを展開するのは中小企業には荷が重く、一方、期待する売上高もほどほどだ。それなら、あえて市場のご機嫌を取るようなことをしなくても、自分たちがよいと信じた商品を売ればいい――。
そう思い至ったところで、やるべきことが見えてきた。マーケティングではなくブランディングを徹底する。そのための手段は、直営店を増やし、自分たちの手で売ることだ。
「大企業ならテレビCMを打つこともブランディングの一つのやり方です。でも中小にはそれができない。規模の大小にかかわらず一番効果的なのは『自分たちの手で売る』こと。だから直営店を出そうと考えました」
野暮をいえば、一般にはマーケティングの一要素と位置づけられるのがブランディングだ。しかし、中川氏はこれらの用語に独自の定義を与え、進むべき道を明確にしたのである。
「マーケティングはあくまでも市場起点の考え方です。市場のどこにチャンスがあるかを見つけ出し、そこに対して商品を当てはめていく。しかし、ブランディングは『自分たち起点』です。自分たちはこうありたいという姿が最初にあって、商品や売り方などを通じてそれを表現していくのです」
といっても、売り手側の独りよがりではお客にそっぽを向かれるだけだ。モノがあふれるこの時代、消費者が商品を手に取るのは「価値観や思想への共感があるから」(中川氏)。だから新技術やスペックに頼らず、世界観や思想を打ち出していく。
「遊 中川」というブランドなら、それは「日本古来の文化・風習、趣ある遊び心」だ。これが中川氏の思い描く「自分たち起点」だった。