どのような商売であれ、およそ「お客」のある仕事には、マーケティングの発想が大事だということになっている。メーカーや小売業はおろか、政党、病院に至るまで、ほとんど例外というものが見当たらない。

奈良市元林院町の「遊 中川」本店(現在改装工事中)では、麻製品をはじめとする各種の和雑貨が人気を集めている。

マーケティングとは、平たくいえば「顧客に買ってもらえる仕組みをつくること」(『グロービスMBAマネジメント・ブック』)。つくってしまった製品や仕入れてしまった品をただるのではなく、顧客の求めるものを調査し、理解し、それに応じた商品やサービスを提供する。大げさにいえば、これこそが現代の企業が等しく共有している価値観だ。

ところが、奈良晒と呼ばれる麻織物の問屋から出発した老舗・中川政七商店の13代目である中川淳社長は、そこに違和感を持ったという。

中川政七商店はいま、「日本の伝統工芸を元気にする!」を合言葉に、麻物だけではなく陶磁やなどリジナの和雑貨「粋更(きさら)」などのブランドで販売している。

いわば和雑貨・伝統工芸品のSPA(製造小売業)だ。この業態をつくりあげたのが中川氏。

2002年、富士通の営業マンだった中川氏は家業の中川政七商店へ転じ、主に麻生地を使った和雑貨の製造・販売を担当することになった。同社にはほかに茶道具の製造・販売という事業があり、当時はこちらのほうが本業だったが、中川氏はあえて傍系のビジネスを志願した。

当時は同様のカテゴリーで競合する会社が4、5社ほど。その同じ顔ぶれが年に1、2回、新商品を売り出し、それを百貨店や一般の小売店のバイヤーが吟味して仕入れていく。

「どんぐりの背比べ状態でした。こういう世界は、価格もそうですが、商品のデザインのよしあしで比較されます。たまたまデザインがよければ売れるし、悪ければ売れない。経営トップが優秀なデザイナーであればいいのでしょうが、僕は絵がとんでもなく下手くそです(笑)。だったら、僕には何ができるのか」