幸せな老後を過ごすにはどうすればいいのか。ファイナンシャルプランナーの山中伸枝さんは「『第2の人生』を充実させようと飲食店をはじめる人がいるが、やめたほうがいい。59歳の元営業マンは、夢だった手打ちそば店を開業したが、退職金だけでなく家族も、家も失った」という――。
手打ちそばを切る人
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定年後の“思い切ったキャリアチェンジ”は危険

まもなく定年退職を迎えるという方の中には、“第2の人生を充実させたい”と夢が膨らんでいる方が多いかもしれません。

新しい趣味を始めたい、田舎へ移住したい、クルーズ船で海外を見て回りたい……。中には、夢だった飲食店を開きたいと思われている方もいらっしゃるでしょうか。

ただ、ファイナンシャルプランナーとして多くのお客様のケースを見聞きしていると、定年後に思い切り過ぎたキャリアチェンジをしたことで、人生を狂わせてしまう方も少なくありません。

定年後の人生を充実させるには、ライフプランをたてたり老後資金を準備したりと、長期的な視点が求められます。さもないと、老後資金が早々に枯渇してしまうだけでなく、時には家族との関係にも大きなヒビが入ることがあります。

今回は、37年間営業マンとして勤め、妻と社会人2年目の息子のいる59歳の坂口さん(仮名)が、退職金などの約1250万円を元手に開いた「そば屋」がきっかけで苦難に陥ってしまったケースをご紹介します。

他山の石として、定年後の人生を改めて考える機会になっていただければと思います。

“そば好き営業マン”が秘めていた夢

勤続37年、毎日営業マンとして忙しく働いていた坂口さんの楽しみは、お昼ご飯でした。外回りも多いので普段からランチは外食が多くなりますが、それでもお気に入りの店に出かけることが仕事のモチベーションにもなっていました。

そんな坂口さんが特に好きなのがそばでした。時間がないときは、立ち食いそばで済ませることもありますが、たまには奮発して有名な手打ちそばの店まで足を伸ばしていました。

出張に行く際も調査は念入りに、必ず評判のよいそば店に立ち寄ったそうで、趣味だというそば店の分析ノートにはこれまで食したそばの細かい食レポがびっしりと記載されていました。

そんな坂口さんですが、定年が近づいていました。

坂口さんの会社には継続雇用制度があり、65歳までは減額されるとはいえ給料が保証されているので、同期のほとんどはこのまま会社員を継続すると言っています。

しかし野心家でもある坂口さんにとって、継続雇用に甘んじるのはちょっと納得いかないという思いがありました。仕事のやりがい、収入面、また元部下たちに指示を仰ぎながら業務をこなすことは、プライドが許さなかったのです。

実はこっそりと、定年後は起業するつもりでいました。