“夢のそば屋”は悲惨な状況だった
坂口さんが開店したそば店は、一体どうなったのでしょうか?
自分がこだわりにこだわったそばをお客様に食べて欲しい、おいしいと言っていただきたいという一心で始めたそば店でしたが、残念ながらそんな簡単にうまくいくわけがありません。
そもそも坂口さんの提供するそばは個性的であるがゆえに、一般受けという意味では失敗でした。
主に一人で調理を受け持ちましたが、段取りに余裕がなく、少し客足が多くなるとすぐにテンパってしまって、“接客が悪い”と口コミサイトに書かれたりもしました。全くの畑違いからのキャリアチェンジですから、仕方がないとはいえあまりにも準備が足りなすぎました。
また、読みが甘かった固定費の支払がじわりじわりと重くのしかかりました。客足を予想しながらの仕入れも経験不足があだとなり、食材の廃棄量も増え、その支払だけが残りました。
結局1年半頑張りましたが、とうとう赤字に耐えられなくなり店をたたむことになってしまったのでした。坂口さんは、夢を失っただけでなく、退職金も失ってしまいました。
さらに久美子さんからは離婚を突きつけられ、年金も、家を売って作ったお金も分割され、現在の坂口さんの日々の暮らしはギリギリです。今はやっと見つけた警備員の仕事をしていますが、何歳まで続けられるのかと不安な毎日を送っています。
退職金は“ご褒美”ではない
では、坂口さんは、いったいどこで間違えてしまったのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの観点から今回の失敗を分析します。
まず、最もいけなかった点は、退職金を「自分ひとりのご褒美」だと考え、自由に使えると思ってしまった点です。
昭和のサラリーマンにありがちですが、男が働き家族を養ってやっているんだという思い込みでわがままになっているケースが、今も少なからずあります。坂口さんは、それがひとつの引き金となって突っ走り、結果的に家族から孤立してしまいました。
もちろん、第二の人生を謳歌しようと考えた点はすばらしいと思います。定年後の人生を深く考えて計画を立てている方は意外に少なく、65歳まではなんとなく継続雇用で……その後は年金暮らしで……と思っている方よりかはよいのかもしれません。ただ、それはあくまで姿勢だけの評価です。
実際に、飲食店の経営は非常に厳しいと言われています。開店するハードルは低いものの、設備投資に結構な額がかかります。また、商品そのものの利益率が低く、しっかりした経営視点がないとつぶれてしまうリスクの大きい業種なのです。
特に飲食店は水ものだけに、お客次第で売り上げや収入が変わってしまいます。仕入れの調整に思った以上のコストがかさむとの話もあります。