開業に向けて「そば教室」に通い始めた
「息子も就職したし、年金ももらえるから老後はなんとかなるだろう。蓄えだってそれなりの金額にはなっているだろうから、きっとお金には困らないだろう。これまで家族のためにと必死に働いてきたんだ、退職金を、夢を叶えるための軍資金にしたって誰も文句はいわないだろう」
そう考えた坂口さんは、定年までの日々を起業準備のために費やすことにしたそうです。
起業といってもいろいろありますが、坂口さんが目指したものは「そば屋開業」でした。いくらそば好きとはいえ突拍子のないことのようにも思えますが、坂口さんは本気でした。
そして、会社帰りにこっそりと「そば打ち教室」に通い始めたのです。
そば打ち教室には多くの男性が集まっていたそうで、クラスメートのほとんどは坂口さんと同年代、毎回の学びの後はもちろんそば店で酒を酌み交わし、そば談義に花を咲かせるのを心待ちにするようになりました。
そば友ができた坂口さんはクラスメートに「定年後はそば屋を開業するんだ」と夢を語ると、みんなが心から応援してくれたそうです。
店はどこにする、内装はどうする、メニューはどうする、店の名前は、集客はなどなど素人の集まりとはいえアイディアがどんどん膨らみ「もう成功しかない!」と確信するほどだったと言います。
「確定拠出年金」の運用を怠っていた
しかし、坂口さんの夢もにわかに雲行きが怪しくなります。
まず出店に備え、クラスメートが「経営コンサルタント」を紹介してくれました。店舗を構えるにあたり必要なヒト・モノ・カネの算段を具体的に知るにつれ、資金面が不安になってきました。
ちょうどその頃会社で退職を控えたシニア社員向けのセミナーが催され、退職金などについての説明が行われました。坂口さんは、退職金はざっくり1500万円くらいだろうと見込んでいましたが、実際は一時金が1000万円で、あとは確定拠出年金であることを知りました。
確定拠出年金は自らが運用責任を負う退職金だという案内があった記憶はありますが、その後はまったく関心を持たず放置していたので、実際どのくらいの金額になっているのか分らなかったそうです。
ようやく確認してみると、残高が250万円ほどでした。うわさでは、確定拠出年金を株で運用してものすごく増えた人がいると聞いていましたが、坂口さんは定期預金のまま放置していたので、全く増えていなかったのです。
とはいえ、下手な運用で目減りさせなかった分ましだとポジティブに考えた坂口さんは、なんとか退職金で開業できそうなプランを立てました。
結局、いくぶん当初の希望より店の内装などはグレードを落としましたが、そば好きとして味は落としたくないということで、仕入れ先は吟味に吟味を重ね、納得のいく業者も紹介してもらう段取りをしたそうです。