結論が出るまでに100種類以上の容器が検討された
ただ、いくら消費者のニーズを解明し、優れた商品アイデアが浮かんだところで、それを実現するだけの能力(技術)がなければ単なる絵に描いた餅で終わってしまう。そうならずに具現化できたのは、ミツカンがもともと持っていた技術力に依拠するところが大きい。同社は「味ぽん」で有名な調味料メーカーである。食酢は発酵食品。そして納豆も当然、発酵食品である。ここに長年培ってきた「菌の技術」を生かすことができたのだ。
実際、これまで同社は多くの納豆菌をスクリーニングすることで、豆を柔らかくしてしまう菌や、臭いが抜ける菌を発見している。それは00年3月発売の「金のつぶ におわなっとう」、07年7月発売の「金のつぶ 超やわらか納豆とろっ豆」として具体化し、いずれも大ヒットを獲得している。
今回のヒット商品は、この2つの既存ブランドに「あらっ便利!」という新機能を付加したものなので、菌そのものの新発見は見られない。だが、技術力の高さに裏打ちされたイノベーションが随所に見られる。
例えば「とろみたれ」だ。これは旨みと甘みを含んだ独自のたれを煮こごりのようなゼリー状の半固体にしている。これが優れものなのは、箸ではつまめるけれど、納豆に混ぜるとスムーズに混ざるという点だ。「チキソトロピー」という静止状態だと固まって、滑らせるように力を加えると液状化する物質の現象に着目し、これをたれに採用することで小袋をなくしたのである。しかし最適なたれの開発は難渋を極め、実に100種類以上のレシピを作ってようやく完成にたどり着いたという。
また容器の開発には、それ以上の苦労があった。たれはできても、その配置がネックになったのだ。当初は容器の底に溝を切ってたれを溜めておき、ふたを開けてかき混ぜるだけで食べられる超簡便スタイルのものが考案された。だが、たれが豆の発酵に影響を及ぼしたり、逆に豆の菌がたれに影響を及ぼしたりすることがわかり、最終的に一体化は不可能との結論に至った。この厳しい結論にたどり着くまでに渦巻きタイプ、碁盤目タイプなど、トータルで100種類以上のプロトタイプが開発され、検討されたという。神林氏は、「容器って簡単にできるわけじゃないんですよ。金型がないといけないわけで、まず金属の型を全部つくるわけです」と当時の苦労を切々と語る。