「詩を書いて生きるとはこういうこと。おもしろいけど、少し悲しい」。ある詩人から感想が届いたという。
芥川賞作家であり、詩人や児童文学作家としても知られる三木卓さんが、5年前に亡くなった妻で詩人の桂子さんとのあれこれを小説に書いた。旧満州からの引き揚げ者であり母子家庭で育った夫と、北の港町・八戸の恵まれた商家の出身である妻。失われた暮らしを懐かしむ、情味にあふれた作品に仕上がりそうなものだが、この本は違った。作中の妻「K」は、意外にもとびきりの悪妻なのだ。
「雑誌『群像』に載ったときからかなりの反響がありましてね。ある知人は『いつもニコニコして幸せそうに見えたが、そんなに苦労していたとは知らなかった。愕然としたよ』というハガキをくれました。僕はエッセイを書くときも『陰気な話は書かない』と決めていましたから、驚いた人も多いでしょうね」
柔和な笑顔で三木さんがいう。
家計を顧みずに無駄遣いをするのは序の口で、家仕事の夫が邪魔だと思えば、別に仕事部屋を用意して母と子の家庭から追い出してしまう。あるときは、大切に保管していた資料を作家の知らぬ間に捨ててしまった。
そんな悪妻ぶりを描く一方で、裕福な生家との微妙な距離感や、幼時に預けられた乳母に深く愛され、一大決心をした乳母が実母に「自分の娘にしてほしい」と談判に及んだ話など、内面に寄り添った描写も少なくない。
だが、主人公「ぼく」はとくに感情をあらわにせず、語り口はあくまでも淡々としている。
「甘くまとめてはいけないと思いました。私小説なので客観的な立場があるわけはないのですが、それでも、いい悪いを抜きにして、なるたけ『見通しよく』書きたかったのです」
それはなぜか。
「彼女は僕の妻であると同時に、詩人でもあります。家庭人としては不愉快なところもありましたが(笑)、詩人としては首尾一貫していた。この本は、詩人・福井桂子の随伴記なんです」
互いにわかりあえていたわけではない。違う背景、違う気質を持ちながら、寄る辺ない大都会で結ばれた男女には同種の葛藤が必ずある。そこにどう決着をつけるのか。三木さんはひとつの手本を見せてくれた。
夫人の没後間もなく、作家が情熱を傾けたのは『福井桂子全詩集』の出版だった。その後着手した本書では、いささか奇矯ながら、詩人らしい詩人の肖像を描き上げた。共通するのは相手への限りない敬意である。こんなに情のこもった葬送が、ほかにあるだろうか。