※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『イスラエル戦争の嘘 第三次世界大戦を回避せよ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
アル・シファ病院の地下に司令部はあるのか
【手嶋】市街地に作戦用の地下トンネルがあるのか。しかし、それだけが問題ではありません。病院など医療施設の地下にも軍の施設があるのか。なかでも、ガザ地区で最も大きな病院、アル・シファ病院の地下にハマスの司令部があり、武器も隠されているのか。イスラエル軍がこの病院を包囲するなかで、国際社会の耳目を集めることになりました。
【佐藤】戦時国際法は、負傷者や病人を治療する病院への攻撃を禁じています。ただ、同時に防御陣が病院を盾に使うことも禁じていますね。国際法は、赤十字を掲げながら、その背後で軍事行動をしたり、休戦旗を掲げながら攻撃を仕掛けたりして、相手を欺く行為を認めていません。武装組織ハマスがアル・シファ病院の地下に司令部を置いていた場合は背信行為となります。この場合は、病院は軍事拠点に使われているのですから、理論上は攻撃対象となり得ます。
【手嶋】それが事実なら、ハマスはイスラエルの攻撃を避けるため、一般市民を盾にしていることになります。いずれに大義があるのか。実際の戦争では、正邪を判断することは容易ではありません。ハマスは病院を軍事作戦に使っている事実はないといい、イスラエルは病院の地下に軍事施設があると主張し、鋭く対立しました。
“インテリジェンス大国”も間違えることはある
【佐藤】この期に及んでイスラエル政府が軍事作戦を遂行したのは、「病院の地下に軍事施設あり」という事実にかなり確信があったと私は考えています。国際社会が注視するなか、明らかに間違っていたとなれば、国家の威信が大きく揺らいでしまう。私自身は病院を隠れ蓑にしてハマスがテロ行為を行っているという蓋然性は極めて高いと考えています。
【手嶋】とはいえ、イスラエルのような“インテリジェンス大国”も間違えることはあり得ます。とりわけ、情報機関がノーマークで不意打ちを食らった時には、対敵情報は、どうしても過大に評価されます。私はワシントンの政治統帥部が重大な誤りを犯した事例を目の当たりにしています。ですから一層そう思います。イラク戦争の開戦にあたって、ジョージ・W・ブッシュ大統領はサダム・フセイン率いるイラクが生物・化学兵器など大量破壊兵器を製造・貯蔵しているという確かなインテリジェンスを得たとして、2003年に開戦に踏み切った現場に居合わせました。実際はどんなに血眼になって探しても、大量破壊兵器は見つかりませんでした。