強権的な国家の指導者は意外と嘘をつかない
【佐藤】確かにそうでしたね。でも、国家の指導者は、それも強権的な国家の指導者は、意外にもあまり嘘をつかないんですよ。シカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマーという国際政治学者が面白い実証研究を発表しています。
【手嶋】ミアシャイマーは、ロシアによるウクライナへの侵攻を招いてしまった責任は、いたずらにNATOの東方拡大を急いだ欧米にも責任がある――と指摘して論争を巻き起こした安全保障の専門家ですね。
【佐藤】そのミアシャイマーによれば、国家指導者は他国に対しては嘘をつかないというんです。国家指導者が他国に嘘をついてしまうと、当然、周囲の国の不信感を招きます。とくに安全保障に絡んだ嘘は、結果として国益を損なうことにつながるというんです。
【手嶋】ミアシャイマーの実証的な研究は、一般的な常識とは異なる意外なものですね。
【佐藤】一方で、民主的な指導者は、自国民との間に信頼関係があるため、自国民に嘘をつきやすい。損なうものよりも、嘘をついて得になるものが多いからだというのです。もっとも、ネタニヤフ首相が国際社会に「地下にハマスの軍事施設あり」と発信したのは嘘をついたのではなく、かなりの確信があってのことだと考えます。
【手嶋】しかし、ハマスが実効支配する市街地の地下には網の目のようにトンネルが張り巡らされているのは事実にしても、果たして病院が軍事作戦の隠れ蓑として意図的に使われたのか、真相は依然として深い霧のなかだと思います。
専門家には自らの立場を鮮明にしなければならない時がある
【佐藤】確かにイスラエルには挙証責任があります。
【手嶋】繰り返しですが、イラク戦争を戦ったブッシュ大統領は「サダム・フセインのイラクは大量破壊兵器を隠している」とアメリカ国民ばかりか、諸外国にも伝えて、イギリスとスペインを誘ってイラクへの攻撃に踏み切りました。しかし、生物・化学兵器は遂に見つからなかった。このため、スペインは翌年首都マドリッドで列車爆破のテロに見舞われ、アスナール政権は総選挙に敗れてしまいます。イギリスのブレア首相も「名分なき戦争」に与したと英国民の怒りを買い、退陣を余儀なくされました。ガザの地下トンネルに関しては、佐藤さんは一貫してイスラエルの主張は信憑性が高いと認めてきました。まさしく旗幟鮮明です。インテリジェンスの専門家として、時に自らの立場を鮮明にしなければならない時があると述べていますが、まさに今回がそうですね。
【佐藤】その通りです。事実の報道、分析、そして論評を生業にする者は、眼前の出来事を扱うに際して、まずは客観的な事実をしっかりと押さえ、それらの事実に立脚して如何に認識し、そのうえでどう評価するか。三つのステップを一つひとつ踏んでいく必要があります。確かに、アル・シファ病院の地下に軍事施設があるか否か。双方の意見が真っ向から対立しています。