東日本大震災の犠牲者の遺体が、取り違えられたまま別の遺族に引き渡されていたとの報道が11月に相次いだ。各県警が発表している人数は、現時点で岩手県8名、宮城県1名、福島県4名。発災直後は、遺族から「身内に間違いない」という申し出があった際に、身体的特徴や持ち物などから判断、そのまま引き渡していたケースが少なくなかったためだ。
しかし、避難中に他人のカバンを掴んだまま津波にのまれたり、この日に限って友人の体操服を借りていたという例もある。遺体の返還を急ぐあまり、取り違えのリスクは相当高くなっていたようだ。
「今回のような災害で犠牲者の身元を特定するためには、埋葬される前に正確な歯科所見をとっておくことが不可欠です。日本人の歯科受診率は世界一で、国民の9割は歯科治療を経験しています。万一のとき、行方不明者の歯科カルテと遺体の歯の治療痕を照合することで、身元を特定したり、逆に本人ではないという判断をすることができるのです」
そう語るのは、日本でも数少ない歯科法医学者で、千葉大学大学院法医学教室准教授の斉藤久子氏。歯は遺体が腐敗しても永く残り、専門家が鑑定すれば、性別、年齢、血液型、DNA型の判定も可能だという。東日本大震災ではこのことを熟知していた多くの歯科医師が被災地に駆けつけ、膨大な数の遺体に向き合いながら身元確認作業に尽力してきた。
国は新しい「防災基本計画」の中で、災害時に歯科医師会などとの連携を図るよう各自治体に勧めているが、11月10日付毎日新聞夕刊によれば、今年の防災訓練に歯科医の参加を求めたのは、秋田、千葉、東京、長野、静岡、愛知、三重、石川、大阪、愛媛、高知、熊本、宮崎、鹿児島の14都府県にとどまっている。死者が出ることを前提とした訓練に、自治体が難色を示すためという。
先の震災で約4700名に及ぶ死者を出した岩手県では、2700名分の歯科所見を採取し照合作業にあたってきた。歯科医師会と連携し、身元確認作業の陣頭指揮を執ってきた岩手医科大学法医学講座の出羽厚二教授は、「日常行っていないことを緊急時だからといってなしうるわけがない。自治体は“死”をタブー視せず、最悪の事態を想定した訓練や連携で備える必要がある」と指摘している。