東日本大震災による死者と行方不明者は計2万7668人、うち岩手、宮城、福島の三県では1万1706人の検視を終えたものの、依然2116人の身元が不明のままだ(4月5日現在)。厚労省はすでに、墓地埋葬法に基づく許可証がなくても埋葬を認める方針を決定。国は「歯型やDNA型などを保存し、後々検証できるようにする」と説明している。

震災の翌日、法医学教授をはじめとする6名のチームが警察車両に乗り込み、12時間かけて被災地へと向かった。その一人で歯科法医学者の斎藤久子氏(千葉大学大学院法医学教室)が語る。

「私たちは陸前高田市の米崎中学校で検視作業に当たりました。ご遺体が続々と運ばれてきたので、後で身元を照合できるよう、死後硬直で硬くなった口を開口器で開け、治療痕などをデンタルチャートに記録しました。ポータブルレントゲンも持参しましたが、停電で使えず、デジカメで遺体番号を記録し、上顎・下顎の咬合面、治療痕、入れ歯などを、一体一体、細かく撮影していきました」

13日から16日までの3日半で、斎藤氏らが記録した歯科所見は112体分。しかし、津波で歯科医院が流されてしまったため、せっかく取った歯科所見が、この先、個人識別に生かされない可能性があると斎藤氏は危惧している。

「現在、日本では生前の歯科データベースが構築されておらず、歯科法医学者の数も極めて少ないため、歯による身元判明率は平時でさえわずか10%にとどまっています。カルテが流されてしまうと、さらに照合は難しいでしょう」

ちなみに、2009年にオーストラリア・ビクトリア州で大規模な山火事が発生、200人以上が焼死したときは、被害者全員の身元が特定された。同州では、解剖結果や歯科所見と歯科治療痕のX線写真等がデータベース化されているため歯による身元判明率はほぼ100%。日本法歯科医学会の小室歳信理事長は昨年、警察庁が主催する「死因究明制度の在り方に関する研究会」でこの問題を指摘し、生前の歯科データベース構築および法整備の必要性などを訴えていた。

大規模災害はこの先もいつ起こるかわからない。身元不明のまま埋葬するなどということを繰り返さないためにも、国は一刻も早く、歯による個人識別システムを整備すべきだろう。