「一緒に死んでくれないか」
母に劇的な変化が生じたのは、大学進学から2年、琴音20歳のときである。
「私が大学に受かるところまでがお母さんの絶頂期だった。高校では生徒会長で、有名芸大にも合格させた。お母さん偉いわ、みたいな。でも、私がダブったら、お母さん、突然頭がオカシクなっちゃって」
もう成人したとはいえ、過剰なまでに愛情を注いできた娘の挫折に、母の精神は壊れてしまったのだという。
「私に、毎日『一緒に死んでくれないか』ってガチなテンションで言ってくるようになったの。『恥ずかしいから』って。で、精神科に」
「死のうと思ってODした」
――お母さんに精神疾患が見つかったってこと?
「そう、統合失調症。のちに私も統合失調症だと診断された。だから遺伝だと思う」
――琴音も統合失調症? 病院には行ったの?
「うん」
――なんで?
「死のうと思ってOD(オーバードーズ)した。家にあった風邪薬を飲みまくった。そしたら死にかけたの。そのとき医者から診断された」
――留年して、お母さんの病気がわかった直後のこと?
「わかんない。記憶が曖昧なんですよね、当時の私は沼で」
沼とは、「(底なし)沼」にたとえて、ゲームやアニメなどの作品にどっぷりハマってしまう様子と、的確な受け答えのできない人の2つの意味がある、ネットスラングである(さらに知的障害の意味でも使われる〈“池沼”という〉が、ここでは関係ないので割愛)。
琴音の場合は後者で、理性を失った母の心の奥底に否応なしに引きずり込まれてしまい、その間の記憶がすっぽり抜け落ちているということだ。