ある家庭では、ひきこもりの子どもを「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。
そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーができるのか。具体事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破るすべを模索したい。
今回は、15歳の時に両親を見限り、脱出計画を立てた現在30代の女性の家庭のタブーを取り上げる。彼女の「家庭のタブー」はなぜ生じたのか。彼女は「家庭のタブー」から逃れられたのだろうか。
自己愛母とぬりかべ父
東海地方在住の奈良弥生さん(仮名・30代)の両親は、父親が28歳、母親が26歳の時にお見合いで出会い、翌年結婚。母親が29歳のときに奈良さんが生まれ、その6年後に弟が生まれた。
「母曰く、まわりの目もあるので早く家庭を持ちたくて、安定した収入を得られる公務員の父と結婚したそうで、愛はなかったようです。両親が仲良く話しているところを見たことがありません。不仲というよりは淡々としていました」
奈良さんによると、母親はとにかく短気で、気に入らないことがあるとすぐに切れて叫び出すという。田舎で「女に学歴は必要ない」と両親に言われて育ち、最終学歴は短大卒。学歴コンプレックスから、子どもには勉強や習い事を強要した。
「母は、『女は結婚して家庭に入るんだから教育なんて受けなくていい』という価値観で育ったとよく愚痴っていて、自分に学歴がないことがとてもコンプレックスで、親を恨んでいました。かといって、知識やキャリアを獲得しようという努力はしない人でした」
奈良さんが物心ついたときにはすでに母親の支配は始まっており、気に入らないことがあると、「ブス、バカ、役立たず」などと罵られるのは日常茶飯事。逆らえば平手打ちが飛んできて、ヒートアップすると容赦なく腹部を殴られた。
一方、父親は母親の言いなりで奈良さんが罵られていようが殴られていようが、同じ部屋でお笑い番組を見て笑っていられる人だった。
「子どもの頃は、体が大きく見えたので、何もしないでただぼーっと存在しているその姿は、ゲゲゲの鬼太郎のぬりかべみたいだと思っていて、決して『親』ではありませんでした。家族以外からは、柔和な印象で妻に付き添う“いい夫”に見えていたと思います」
母親は、6歳下の弟には暴言だけにとどめ、暴力は振るわなかった。長男だからなのか男の子だからなのかはわからないが、きょうだいで差をつけられていたようだ。物心ついたときから反骨精神を持ち、納得できないことには反論していた奈良さんに対し、弟は支配的な母親に怯え萎縮し、おとなしい性格に育っていた。