過干渉からネグレクトへ
奈良さんが第二志望の中学校に通い始めると、母親はすっかり失望し、今までのガチガチに管理する過干渉から一変して、ネグレクトが始まった。
「第二志望を選んだのも母なのに、第一志望に入れなかったことがどうしても納得いかなかったようです。この手のひら返しには参りました。今まで何時に何をするかなど、一日のスケジュールは全部母に決められていたので、急に手綱を放棄され、自分が今日何をすればいいのか、本気でわからなくなりました」
物心ついたときから、一挙手一投足まで親に決められた生活をしてきた子どもは、自分で考え行動する力が身に付かないということを表す実例だ。
何時までに学校に着くには朝何時に起きて、何時に家を出なければいけないなど、自分で計画を立てることや、時間を管理することをしてこなかったため、毎日のように遅刻してしまう。中学の制服のリボンの結び方もわからなかった奈良さんは、母親に聞いても無視されるため、学校で友だちに教えてもらった。
中学生になった奈良さんは、自分の親がいかにおかしいのかが気になって仕方がなくなり、「機能不全家族」や「アダルトチルドレン」について本やインターネットで調べまくった。そしてよせばいいのに、得た情報を母親に訴え続けた。
もちろん母親が耳を貸すことはない。それどころか、自分の言うことを聞かない“家庭内の異分子”として、ひらすら虐げられる。奈良さんが「歯が痛いから病院に行きたい」と言えば、「そう言ってせしめた金で遊ぶんだろ?」と母親はいやらしく笑う。
「いや、遊ばないよ。虫歯だと思うからお金ください」と食らいつけば、「なら頭下げろよ。稼げないくせに」と嘲る。
またあるときは、「制服を1年も洗ってないからクリーニングに出したい」と奈良さんが言えば、「お前は本当に金がかかるな! 早く家から出てけ!」と怒り狂う。
挙げ句の果てには、「ピアノを辞めたい」と言うと、「こんなに金をかけたのに無駄にしやがって! なら学校も辞めさせるからな!」と勝手にキレ散らかしたうえに脅される。
「そもそも会話が成り立ちません。私に人権などありません。出来損ない、ごくつぶしと嘲られ、部屋は無遠慮にあさられ、暴言・暴力は日常茶飯事。歯向かうと大事な物を捨てられたり壊されたりし、『学校に行かせないぞ』と脅されました。絶対的な家庭内権力の差に、子どもの身分では抗うことは不可能でした」
かろうじて衣食住は与えられ、世間体を気にしてなのか、暴力は痕が残らない程度。私立中学に通わせてもらい、他人からは、「お金をかけてもらっているお子さん」にしか見えない。
しかし連日奈良さんと母親が大声で言い争い、物が壊れる大きな物音がしていたはずだが、近所の人や警察が何かを言ってきたことも、助けてくれたことも一度もなかった。
「毎晩悔しさと怒りで頭の中が“真っ赤”になり、泣き疲れて寝落ちするありさまで、『死ぬほど泣いても涙は枯れない』ということを思い知りました」
母親は自分の親を恨んでおり、関係は希薄。父方の祖母は奈良さんの母親との嫁姑関係が険悪だったため、祖母は奈良さんをかわいがらなかった。
他人を頼ることができない環境で育ったせいか、奈良さん自身が教師や友人に助けを求めたことは一度もなかった。