25戦全勝(22KO)、世界戦20連勝(18KO)。進化を続けるWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者・井上尚弥選手。勝者がいれば、裏に敗者がいる。圧倒的な強打と技術を誇る「モンスター」に立ち向かい敗れた24人の男は、なぜ挑み、試合の先に何を見たのか。丹念な取材で“リングの真実”に迫ったノンフィクション『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』が話題の森合正範さんは「誰もが、難しい勝負でも闘わなければならないときがある。そんなとき、彼らの思考がヒントになるのではないか」という──。
言葉を超越した「怪物」の強さ
その強さを表現できなかった。
井上尚弥は圧倒的な攻撃力を誇り、一瞬の攻防で試合は終わらせる。終了のゴングが鳴ると「凄いものを見た」という興奮とともに「この強さを余すことなく描けるだろうか」と不安が襲ってくる。そもそもリング上で何が行われているのか、井上のどこが凄いのか、理解できていなかった。
「怪物」の強さを紐解くため、始めたのが井上と闘った男たちの取材だった。対戦相手にリング上で体感した井上のボクシングを聞いていく。だが、私は取材を重ねるうち、敗者の人生に引き込まれていった。彼らは挑むことの大切さ、チャレンジしたからこそ得られるものがあると教えてくれた。
誰もが、難しい勝負でも闘わなければならないときがある。そんなとき、彼らの思考がヒントになるのではないか。井上の強さとともに、敗者の生き様もまた残したいと思うようになっていった。
絶体絶命になったとき、どうするか
2013年4月16日、東京・後楽園ホール。井上のプロ3戦目。日本人で初めて対峙したのが佐野友樹だった。
「怪物」の強さは国内、アジア圏に伝わり、対戦を避けられ、試合がなかなか決まらない。そんな中、オファーを受けた佐野は当時31歳。これが24戦目で日本ライトフライ級1位。対する井上は20歳で同6位だった。
ベテラン対ホープの構図で、観衆1850人のほとんどが「井上がどうやって倒して勝つか」を観に来ていた。
佐野は1ラウンドに右目を切られ、2ラウンドにはダウンを喫した。4ラウンドにも2度目のダウンを奪われた。「終わりが近い」。誰もがそう思った。
絶体絶命になったとき、どうするか。