「僕と闘ってくれて感謝しています」
試合は序盤から井上ペース。だが、5回、河野は距離を詰め、左右のフックが井上の顔面を捉えた。会場が沸く。6回、勢いに乗った河野は細かいパンチで井上を追った。コーナーまで追い、体も心も熱くなるのがわかった。
「いける!」。その瞬間、井上のカウンターを浴び、倒された。
プロ43戦目、初のKO負け。だが、前戦の試合後のどんよりした雰囲気とは違う。そびえ立つような高い壁に本気で挑んだ後、どのような気持ちになるか。
河野の心は晴れやかだった。最強の男に向かっていき、一瞬でも「いける」と思えた。心も体もこの上なく燃えた。やり切った。敗れても満たされていた。
「僕と闘ってくれて感謝しています」
大きな目標にチャレンジしたからこそ、このような感情になった。
「敗北」イコール「敗者」ではない
逆境でも闘い抜き、多くの人々の心に刻まれた。一歩踏み出したから道が拓けた。
負けを恐れず「怪物」に向かっていった3人の日本人ボクサー。彼らは決して敗者ではない。次に進むための糧を得て、人生の大きな勲章を手に入れたのだ。
私には躊躇している取材があった。メキシコ、アルゼンチンのボクサーに話を聞くことだった。金銭面、取材の可否など問題は山積だった。だが、彼らは私に「挑むことの大切さ」を教えてくれた。まるで背中を押されるかのように、中南米へと飛び立った。
そうして結実したのが、本作『怪物に出会った日』である。リングの上で、拳で語ってきた男たちの独白に耳を澄ませてみてほしい。