不倫はどんなきっかけで始まるのか。小説家・唯川恵さんの新著『男と女 恋愛の落とし前』(新潮新書)から、「PTA不倫」にはまった51歳女性のケースを紹介しよう――。
女性に結婚指輪をつける男
写真=iStock.com/Suebsiri
※写真はイメージです

不自由なく暮らしていた専業主婦

彼女は入ってきたときから、少し挙動不審だった。

「すみません。興信所に見張られているかもしれないんです」

興信所? いきなり不穏な状況である。

愛美さん、51歳。既婚者で、中学校2年生のお嬢さんが1人いる。それにしても、興信所に見張られるとはいったい何事なのか。

「夫と、彼の奥さんにたぶん、まだ見張られているんです。W不倫がばれて……」

それはまた厄介なことに。

とても興味がそそられるけれど、まずは無難な話から始めよう。

お住まいはどちらに?

「東京隣県のいわゆる新興住宅地です。上野から特急で30分もかからず、行政が施策として子育てしやすい町と銘打って、若年層の夫婦をターゲットに街づくりをしたエリアです。子育ての環境も整っていると聞いたので、娘が小学校入学のタイミングで戸建てを購入しました。それは大正解だったと思っています。今は、あの頃の3倍くらいの価格になっていますから」

仕事は何をされているのだろう。

「以前はチェーンのエステティックサロンでエステティシャンをしていました。ただシフト制なので、夜遅くなることもしょっちゅうあって、時間の調整が大変でした。なかなか子供に恵まれなかったんですけど、ようやく娘が生まれて、それを機にしばらく子育てと主婦に専念することにしたんです」

娘の中学入学を機にPTA活動に参加した

それはそれで一つの選択だと思う。ご主人のお仕事も聞かせてもらおう。

「整体師です。数年前に独立して、青山で整体サロンを経営しています」

青山で開業とは、なかなかやり手のようである。

「夫は専門学校の同期で、当時からまじめで優秀だったので、そこそこ有名な整体サロンに就職して、33歳の時に結婚しました。その後も着実に指名を増やして、満を持しての独立でした。意外と経営者としての才覚もあったみたいで、お店の経営は順調で、今では支店もあります。娘は素直ないい子に育ってくれて、小さい頃から習い事もたくさんしていたんですけど、今はピアノに絞って、プロのピアニストになるため音大を目指しています。小学校の頃まではお教室まで送り迎えもしていましたが、今は1人で行けるし、それなりに手が離れている状態です」

環境的にも経済的にも充足した生活である。

「ただ、子育て優先で決めた専業主婦だったんですけど、実際にやってみると、毎日掃除洗濯、三度の食事を作るという繰り返しに、虚しさというか、社会から取り残されてゆくような焦りを感じるようになりました。働くことも考えたんですが、夫や娘の希望もあって留まりました。代わりと言っては何ですが、娘の中学入学を機に、人との交流を持ちたいと思ってPTAに参加することにしたんです」

面倒がる人も多いと聞くが、やってみてどうだったのだろう。

「かなり活発で、とてもやりがいを感じました。数年前に新設された中学校は小学校と隣り合わせで、しかもモデル校になっているので、持ち上がりとは言えお勉強もとてもレベルが高いんです。学校運営に保護者が積極的にかかわるので、PTAも充実していました」