夜が怖くなるほど不眠が深刻なときはどうすればよいのか。エッセイストの松浦弥太郎さんは「走っている、その瞬間だけは、いろんな心配事が頭から消え、無心になることができた。この『無心になれる』ということが、僕にとってすごく救いとなった」という――。

※本稿は、松浦弥太郎『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』(小学館)の一部を再編集したものです。

生まれてはじめての睡眠障害

四〇歳で『暮しの手帖てちょう』編集長の就任後、僕は生まれてはじめて睡眠障害を経験しました。

それまでは、フリーランスの立場でしたから、時間は自由にコントロールし、決まった職場に行く必要もありません。たった一人でとても自由に仕事をしていたのです。

しかし、『暮しの手帖』の立て直しを任されてからは、毎日朝八時に会社に行くようになりました。定時は九時半スタートでしたが、誰よりも早く僕は会社に向かいました。それは、「会社というところでの働き方」とか、「雑誌のつくり方」、いわゆる「組織」の中で、自分を機能させていくということが初めての経験だったからです。焦りの気持ちが出勤時間を早めさせていたのです。

毎朝、職場の掃除をし、仕事の準備をしながら社員のみんなが来るのを待っているあいだ、僕はずっとプレッシャーを感じていました。

これからは会社組織の一員です。役員であり編集長である自分の失敗は、会社にも社員にも迷惑がかかります。経営から編集、人事に関する、考えること、行動に移すこと、判断や計画することなど、やるべきことは多く、当然、不安な要素も多い。あらゆることに自分が関与し、先頭に立って自分が手を動かさないと、雑誌を新しく変えることはできません。弱音を吐く余裕もなく、毎日フルに働いて、みんなが帰ってから戸締りをして帰る日々を送っていました。

何とかリニューアルを成功させなければいけない。『暮しの手帖』には、古くからの読者だけでなく、雑誌を支える先輩たちや関係者も多く、そういうプレッシャーも感じていました。

テーブルの上に積み重ねられた雑誌
写真=iStock.com/pinkomelet
※写真はイメージです

不眠からはじまった心身不調

昼間はめちゃくちゃ忙しく、夜はクタクタになって帰り、倒れるような感じで床に就く。ところが、一時間半、二時間ですぐに目が覚めてしまう。そして、それ以降、眠れなくなる。ようやくウトウトする感じになると朝が来る――。そんな日々がずっと続きました。

眠れないと、夜が怖くなってしまう。「また起きてしまうのではないか」と、不安になる。休日であっても朝までぐっすり、なんて一度もなくなってしまいました。

夜、眠れなければ、昼間の作業効率はみるみる下がっていきます。まったく気の休まらない状態が続き、いつも不安感に襲われていました。動悸どうきが静まらなくなり、しまいには、電車に乗れなくなってしまいました。ひとが多いところが苦痛になり、朝になると身体が動かなくなってしまったのです。

そのうち、他人の声さえも聞こえづらくなってきて、「これはいけない」と心療内科に駆け込むと、たくさんの薬が処方されました。