忙しさにかまけて斜め読みばかりだった私の読書人生で、精読した数少ない1冊がデール・カーネギーの『人を動かす』である。20代の頃に出合って、10回以上は読み返した。
事業家になることを目標にしていた私は、大学卒業後、中小の鉄鋼商社に就職した。商社は業務の幅が広いし、中小なら全社的な仕事の仕組みや流れを身につけやすいと思ったからだ。私にとって会社は経営者修業の場であり、大学ノートに会社のすべての書類を書き出すなどして商業文書の書き方を徹底的に勉強した。『人を動かす』を手に取ったのも、経営者的な視点で人間関係のマネジメントに関心があったからである。
結局、その会社は2年で辞めた。
「鉄は国家なり」の時代だから、一生懸命働いても働かなくても商売になる。そんな“ぬるま湯”では修業にならない。次なる修業先として私が選んだのは、当時、週刊誌の記事で「猛烈会社」と評されていた大和ハウスだった。
大和ハウスの社員は入社時に『わが社の行き方』と題された小冊子を渡される。創業者石橋信夫が1963年に著したこの冊子は、創業者の企業精神が込められた“原典”であり、大和ハウスグループで働く者としていかに考え、行動すべきかが示されている。「率先垂範」
「現場主義」といった行動姿勢や、現場の士気を高めるコミュニケーションの重要性など、カーネギーの『人を動かす』と共通する部分も少なくない。
それを実践してきた私は36歳で山口支店の支店長を命じられた。任された支店を日本一にするべく、「今日から山口支店株式会社の社長として陣頭指揮を執る」と宣言して営業の先頭に立った。やる気の見えない部下を叱り飛ばし、時には手を上げたこともある。
誰よりも働いてきた自負があったし、仕事に打ち込む後ろ姿を見せれば部下は自然についてくると思っていた。ところが私が張り切るほど社員は萎縮して誰もついてこない。就任半年で思い悩んでいた頃、石橋社長が現場視察にやってきた。